〜 AVENGE 〜 再会




 待ち合わせなら、喫茶店か、もしくは皆が知っているデパート前か、駅前か。と、考え巡らせる所だったが、アサミはあえて、この人通りの少なさを自らが知っている歩道橋の上を指定した。

 

 誰もが行く場所では人が多すぎる。アサミはそれを避けたかった。それには最近、どうも誰かに見られているような違和感があったせいもある。

 

 それは、自惚れかもしれないと自己嫌悪するアサミではあった。こんな自分を誰が見ているというのだろう。

 

だけどそれは、可奈がいなくなって、取り上げられる話題のせいで人嫌いになったのかもしれない。と、アサミは思い込もうとしていた。

 

とにかく、アサミは、絡み付く誰かの視線があるような気がして、振り払いたかった。

 

 ここなら、通り行く車を眺めるだけで、少しばかりの通行人を自分自身が見なければ済む事だった。

 

 全身に風を受け、車道を見下ろしながらも、目に飛び込んでくる景色は空っぽだった。アサミは何も考えられないまま、ただ、呆然と佇む。

 

アサミの髪を風が触っていく。端から見ればきっと、今にも飛び込むのではないかと映っているに違いない。

 

「あのっ!」

 

 後ろからそう呼ぶ声に、アサミは振り向いた。

 

「山田太郎」

 

と、呟いたアサミ。

 

その呼び方に、太郎の片眉がピクリと動いた。 

 

 案の定。

 

「その。フルネームで言うの、辞めてくれないかな」

 

 と、太郎は困惑の表情を浮かべる。

 

「山田太郎?」

 

「だから。それ」

 

 言いながら近付いてくる太郎は、アサミの目の前に立ち止まった。

 

「気にしてないようで、実はかなり気にしてるんだよ」

 

「いい名前じゃん」

 

「本当にそう思ってる?」

 

「………」

 

 アサミは答えられなかった。いい名前、ではなく、覚えやすい名前だと思っていたからだ。

 

「まぁ、いいけど」

 

 太郎は無雑作に頭をかきながら言った。

 

「で? 君の名は? まだ聞いてなかった。いずみのいなくなった訳、知ってるかもって聞いて、頭一杯になって」

 

 アサミに、太郎の真剣な眼差しが突き刺さる。

 

「アサミ」

 

 アサミは、俯き加減に応えた。

 

「アサミちゃん?」

 

「アサミでいいよ。『ちゃん』なんて照れくさいし」

 

「そう、じゃあ、俺も太郎でいい」

 

「……わかった」

 

 アサミはそう言って頷くと、また車道を見下ろした。

 

隣で太郎も同じように、手擦りに肘をかけながら車道を見下ろし、車の流れを目で追いかけながらも、早速、切り出してきた。

 

「昨日、アサミちゃ……いや、アサミが言ってた事、詳しく教えてくれないかな? 状況が、その、うまく把握できてないんだけど」

 

 昨日、アサミが太郎に言った事、それは。

 

『もしかしたら、あなたの妹がいなくなった事と、友達の可奈がいなくなった事は繋がっているかもしれない、もしかしたら、同一人物の仕業じゃないかと思っているの』

 

 それだけでパニくった太郎は、電話では話しづらいからと、直接会う事になったのだ。

 

「同一人物ってどういう事? 誰かが、いずみを連れ去ったって事なのかな? ただの家出じゃないんだよね? その、君の友達って、可奈ちゃんだっけ? あのテレビで失踪したって騒いでる子だよね? あれは殺人事件でしょ? それが、どうしていずみと関係あるわけ?」 

 

 マシンガンのように、息つく間もなく自分の中の疑問を全て吐き出し、一気に質問攻めにする郎に、アサミは眉をひそめた。

 

「……太郎さぁ、あれから何の進展もないわけ?」

 

 だが、アサミは相変わらず車道を見下ろしたまま、淡々と聞き返す。

 

「あれから?」

 

 太郎は、アサミと会った事を忘れているらしい。なぜかアサミは落ち込んだ表情を浮かべながら、思い出させようと前に会った事を説明した。

 

「太郎が渋谷で声掛け捲ってたから、私が名刺持ってたんでしょ? それからよ」

 

 アサミは、わからないモヤモヤに支配され掛けた心が、どうにも、もどかしかった。

 

「ああぁ」

 

 そう言って思い出したように、太郎は何度か頷いた。

 

「あの時は、数え切れないくらいの人に声かけたからな」

 

 そう言いながら太郎は、まじまじとアサミの顔を眺める。

 

 そして「あっ!」と気付いたように少し体を寄せてきた。

 

 その時、二人の肩が少し触れた。

 

 たったそれだけなのに、アサミの心臓が飛び出しそうになり、思わず避けてしまった。アサミは、なぜだかドキドキした自分が悔しかったように唇を噛締めた。

 

男を知らないせいもあるのか、顔が赤くなったのを恥かしく感じて、アサミは俯いた。

 

男と二人っきりで肩を並べる事なんて今までなかった、きっと緊張しているんだ、アサミは、そう自分に言い聞かせていた。

 

だが、太郎はそんなアサミにも構わず、話しを続ける。

 

「一人だけ写真を持って行ってくれた子がいた! そっか、確かあれってアサミだったよね」

 

「そんな事より、太郎の妹はどうやっていなくなったのか知りたい」

 

 アサミは、悪戯っぽく近付いた太郎の顔を早く離させたかった。胸の高鳴りが伝わらないうちに、話をすり替える。

 

可奈を重い気持ちの反面、太郎に対する感情は、この状況で不謹慎だとアサミは困惑していた。

 

「そうだった。いずみがおかしくなったのは二ヶ月ほど前」

 

「どう、おかしくなったの?」

 

「そうだな。うちは親がいなくて二人暮しだったんだ。だから俺が仕事して食い繋いでて、いずみは大抵の家の事してくれてたんだ。それが、突然しなくなって、最初は、ただ単に、したくなくなったんだろうって思うだけだった。反抗期かなって、でも、だんだん部屋にこもるようになって、しかも自分でカギまで作ってかけてさ……で、ある日突然いなくなった」

 

「心当たりは?」

 

「ない!」

 

 太郎は自信満万に言った。

 

「言いきれる? 親がいないんじゃ妹に掛る負担が大きすぎたとか、太郎といるのが嫌になったからとか、自由が欲しかったとか……」

 

 その言葉に反発するように返ってきた太郎の眼差しが、アサミには痛く突き刺さった。

 

「い……いなくなったのは……どこで?」

 

 アサミは、「ごめん」の言葉を飲み込みながら、話を戻した。

 

「自分の部屋」

 

 何も聞かなかったように太郎も応える。

 

 その言葉に、アサミは「……やっぱり……」と呟いた。

 

「やっぱりって? 何?」

 

「可奈もあの日、炎の中で消えた」

 

「まさか! あの火事の中にいたって言うのか?!」

 

 太郎の裏返った声に、アサミは驚きを感じ取った。

 

「そう」

 

「でも遺体は?」

 

「妹。いずみさんだったよね、消えたんでしょ? 部屋の中で、それと同じよ」

 

「いなくなったんじゃなくて…………消えた? そんな事が有り得るのか?」

 

 微妙に震えた太郎の言葉。

 

「だから太郎も調べてるんでしょ? おかしいと思ったから。真紀子は……もう一人の友達は私の目の前で、壁の中に吸い込まれたんだから」

 

 笑われる覚悟でアサミは、真紀子の事を話した。

 

「壁の中に?」

 

 笑いはしなかったが、太郎は眉間にシワを寄せた。きっと、何言ってんだコイツ、くらいは思われただろう、とアサミは肩をすくめる。

 

「信じてくれなくてもいい。でも、事実」

 

「……信じないとは言ってないけど………」

 

 そう言って太郎は、両手で頭を抱え込むように項垂れ考え込んだ。そして、思い出したくはなかった、というふうに大きく溜め息を吐き出した。

 

「確かに、いずみが部屋からいなくなった時、窓はガムテープだらけで、内側からも外側からも開けた形跡はなかったんだ。消えたと言っても不思議じゃないかもしれない。カギの掛ったままの部屋も、そこら中の家具を積み上げて、まるで、何かの侵入を防いでる感じだった。密室だったんだ。どこから出て行ったのか……わからなかった」

 

「で? 調べたんでしょ? 他の子はどうだったの? 何かの共通点はなかったの?」

 

「共通点は、わからない。その後に行方不明が何人か出て、調べたけど、結局何もわからなかった」

 

「そう」

 

 アサミは力が抜けた感じがした。

 

何かわかるかもしれないと意気込んで来ただけに、空振りだった状況に暗く心は沈む。

 

「ただ、行方不明になる前の行動には、その家族の人達はみんな不可解さを感じてたらしくて、妙に電話が鳴るたびに怯えてたとか、引きこもって口を聞かなくなったとか、おとなしかった子が急に暴れたとか。でも、可奈ちゃんだっけ? その子は失踪って聞いてるけど……」

 

「何が言いたいの?」

 

 太郎の言い掛けた言葉を遮るように、アサミは言い返した。

 

「いや……あの。弟を殴ったのは、その、可奈ちゃんじゃないかって情報が……」

 

「だったら何? 弟殴って、母親縛り上げて、火をつけて逃げたって言いたいわけ? あなたみたいに何でもかんでも詮索する人がいるから! 関係ない可奈まで、そんな目で見られるんだよ!」

 

「そんなつもりじゃ、ただ、弟の傍に落ちていたバットが凶器じゃないかって情報で……それで弟を殴ったらしいバットには、その子の指紋しかついてなかったって言うから、警察は、その点も視野に入れてるってだけで……」

 

 アサミは、深く溜息をついた。

 

「例え殴ったのが可奈だったとしても、それは弟を殴ったんじゃないと思う」

 

「どうして、そう思う?」

 

「きっと、守りたかったのよ! 弟じゃない何かに振り下ろしたんだよ! 可奈は悪くない! あの炎の中にいたんだよ!」

 

「何かって? その子の家庭環境は悪かったんだろ? それなのにそう言いきれる? アサミは全ての可奈って子を知ってたの?」

 

 開き直ったような言い草に、アサミは、さっきの太郎と同じように視線を突き刺した。

 

「あ、ごめん」

 

 とっさに謝る太郎を見て、アサミは自分が情けなくなった。

 

 太郎は悪くないとわかってるのに、進展のない情報に痺れを切らしたアサミは、その苛立ちを、まるで玩具を買ってくれない子供が親にわがままをぶつけるように、太郎にぶつけていたのだと感じた。

 

 可奈を救えなかった、と言う思いは、妹を救えなかったと言う太郎と同じはずなのに。

 

「私こそ、ごめん。可奈が犯人かもって、太郎が言ったわけじゃないのに」

 

「いや……」

 

太郎も同じ思いだった。アサミが信じている友達を犯人かも、などと匂わせた事を後悔しているように、塞ぎ込んだ。

 

二人の間には、例えようのない苛立ちが交差している。

 

何者かわからない存在に、手のひらで転がされているような気がして、お互いに醜い感情を押し付けあった。

 

「弟は台所の勝手口から放り出されるように倒れてたって、きっと可奈が助けたくてやったんだと信じたい。私が火事の現場に着く前に、可奈と携帯で話してる。その携帯を台所のあった場所の下で見つけたの。私は、真紀子が消えた時、関わりたくないと思った。でも、可奈は逃げなかった。真紀子の消えた理由を突きとめようとしていた。だから……」

 

 アサミは、それ以上、熱くなった喉に言葉が引っ掛って出てこなかった。

 

 そのまま暫らく、二人は話せないでいた。

 

 太郎もアサミも、全神経を脳みそに注ぎ込んで、消えた人達を繋げようと必死だった。それでも、どこにも辿りつかない疑惑だけが、思考を遮る。

 

「さっき言ってた、電話に怯えてた人って?」

 

可奈の事で逆上しきって聞けなかった事を、今度は柔らかな口調で、アサミは聞いた。

 

その質問に、太郎はシワシワになったスーツの内ポケットから、使い込んだ手帳を取り出しパラパラと開く。









    









              

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