〜 AVENGE 〜  距離の狭間で




 高見沢アサミは高校に入って半年、何気ない毎日に居心地の悪さを感じ始めていた。とりあえず普通に女子高生をしているつもりだったのかもしれない。

 流行。

 その響きが正直アサミは嫌いだった。どうして誰もがその流れに乗せられるのか不思議でたまらなかったらしい。

 春の新色、夏の必須アイテム、秋には必ず一つは持っていたい小物、冬のトレンド。はたまた、健康食品やら、誰もが行くデートスポットに、人気のデザート等など。ありとあらゆる物や場所に流行は付いてまわる。

 アサミは心の底から、それが決して悪いとは思うわけではなかった。企業や観光の宣伝には無くてはならないものだという事も重々解ってはいた。だが、やはり心のどこかで理解し難いものがあったのも確かだったのだ。

 例えば、芸能人が着ていたのと同じ服を買う友達の行為を毛嫌いする。

「高かったんだよ〜」

 なんて見せびらかす周りの友達の言葉につられて「いいなぁ〜」と指をくわえる様な言葉を連発するアサミだったが、内心は冷ややかなものだった。友達を失いたくないがゆえの上辺の付き合いにしかすぎなかったのだ。

 芸能人のスタイルに合っているからいいのに、それを自分にも合うと思っているところがすごいと感心している。誰かが持っていて可愛かったから、流行っているから、人はどうして同じ物を欲しがるのか。流行りにのると言う事は、逆に個性が無いとは気付かないのだろうか。

 しかし、そう感じるアサミも『流行』に流される一人に過ぎないのは、自分自身は解かっていた。

 さすがに奇抜なファッションまでは真似できなかったが、それなりにみんなと同じ事ぐらいは最低限するようにしているのが現実だった。

 理想の深く狭くの友達をつくることができないでいる。広く浅くというのが今の流行の友達づくりなのかも知れない。実際みんなも取り残されることが怖いのかも……とアサミは思っていた。友達、と呼べるのかどうかはわからないが、一人でも多く交遊がある人の方が、変なカリスマ性を生み出す事もあるのだ。

「アサミ! 早く撮るよ! こっちおいで!」

 同級生の中では、とりわけ仲のいい方の友達、可奈がアサミを呼んだ。

 二人は学校が終って真っ先にプリクラ専門店に足を運び、写真を撮る事が日課となっている。何の変哲もない日に、記念日とかこつけてはプリクラを撮りあさる。だが、アサミは可奈に振りまわされている部分があるせいか、心の底から楽しいとは思っていなかった。

 高校に入学して、アサミが新しい教室に何とか馴染もうとしていた頃、前の席に座っていたのが可奈だった。可愛くカールされたセミロングの茶髪が天然だとアサミが知ったのは最近の事だ。あの時の振り向いた可奈の大きな目が、アサミには印象的だった。

「あっ! 待って〜」

 アサミは慌てて可奈に走り寄ると、流行の重圧に比例しているようなプリクラの垂れ下がった入り口をくぐった。その拍子に髪が乱れ、その状態のままシャッターはきられた。

「サイアク〜!」

 アサミは日本語ではないような甲高い曲がった声を発しながら、笑い飛ばす可奈を横目に髪を整えた。

「もう一枚!」

 そう言いながら、大して面白くもない時間を費やしていく。手帳いっぱいのプリクラのシール。名前も知らない子がほとんどだ。

―――どうしてこんな、シールなんて流行ってるんだろう? 私はみんなの真似をし始めただけ……でも、ついていかなきゃ一人になっちゃうし。

 という気持ちが、アサミの中で常に支配していた。

 アサミは、他からすれば人並みの女子高生だった。性格も普通に明るくそれなりに友達もいる。勉強もそこそこ平均よりも上位で、特に家庭に不満を持っているわけでもない。それに、人生に対しての焦りを感じてるわけでもないからだ。

 しいて言えば、アサミは物事をマイナスに考え過ぎる所はあるかも知れない。しかし、それも表には出さず、アサミはいつも笑顔を作っていた。

 何も考えていません状態にアホな振りはしているが、それがまた友達を増やせる事にもつながるからだと思っている。

 周りはよく言う。

 アサミといると楽だとか、面白いとか、または遠慮しなくてもいいんだとか――。

 少々バカにされているのではないかという時もあるが、否定するのも面倒臭いので、それはそれでいい、とアサミは思っていた。

 何も否定しない、その方が自分自身にとって楽なのかもしれない、と。

 一人の方が楽だという人もいるかもしれないが、アサミはどうしても一人でいると、どうしようもない孤独感に襲われ、涙が知らずに零れ落ちる時がある。自分が消えてしまいそうな不安感が募るのだ。何も悩み事などないはずなのに、無性に寂しくなる。

 常に誰かに名前を呼んでもらえる事に、妙な安心感をおぼえているのだ。流行に流されたくないと思いながらも、一人にはなりたくない矛盾と葛藤している。

 一通り撮り終えたアサミと可奈は、プリクラ専門店を後にした。自動ドアを一歩踏み出した瞬間には、もう可奈の携帯が忙しそうに鳴り出す。徐に可奈は「春の新色」だと言って買ったカラフルなピンク色のカバンから携帯を取り出した。

「もしもし〜?」

 待っていたはずの誰かからの連絡に、さも面倒臭そうに出る可奈。

 自分も端から見ればこんなとぼけた顔をしながら携帯を弄ってるのかと思いながら、アサミは愛想笑いを浮かべる。

 そして最近、妙に吐きそうになる胸やけを我慢した。

「うっ」

 と、その嫌な感触を唾と一緒に飲み込む。近頃、訳もわからず多くなった吐き気に、アサミは正直ウンザリしていたのも確かだった。

「えっ? 今? アサミと一緒なんだけど〜暇だよ」

―――私と一緒にいるのが、そんなに暇なの?

 そう思うアサミだったが、メールを見る振りをしながら聞こえない振りを決め込み、ひがみに似た感情を心の中で押し殺した。そんな表情を可奈には悟られないように下を向く。

「え〜っ? 占い? どこにいるの? アサミと一緒でもいい?」

―――私は可奈のついでなの? 

 一瞬、眉尻を上げ顔を歪めたアサミだったが、それも気付かれないよう、すかさず一歩下がって可奈に付いて歩いた。

「オッケ〜わかった。すぐ行くよ」

 所狭しと付けられたストラップが騒いでいる携帯を閉じると、可奈はアサミの方にギョロッとした目を向けた。

「アサミも行くでしょ? 真紀子たちがさ、今、良く当たるって評判の占いの店に並んでるんだって。場所取ってあるってさ」

 割り込みするみたいなものだと聞いてアサミは良い顔はしなかったが、すぐに得意の笑顔を戻し応えた。

「えっ? もしかして『未来の森』の事?」

 と口が勝手に動いたアサミだが、正直言って占いに興味などなかった。周りの会話に出遅れないように前々から雑誌で取り上げられている占いブームをチェックはしていたらしいが、そんな素振りは微塵も見せない。

「そう! それ! アサミってば行った事あるの?」

「ないよ! 行きたいと思ってたんだけど、いつもあそこは行列じゃん。並ぶの面倒臭かったんだよね〜」

「え〜っ? じゃあ行こうよ!」

「そうだね。行きたい!」

 そう言いながらも、アサミの額には冷や汗が滲んでいる。あまり気は進まない様子だった。そんな裏腹な気持ちを押し殺しているアサミに気付きもしないで、可奈はご機嫌に歩き出す。その後ろをアサミは素知らぬ顔で付いて行く。

 その間にも可奈の携帯は忙しなく鳴り続けた。負けじとアサミの携帯も『流行の音楽』を鳴り響かせた。

「はいは〜い、アサミで〜す」

 一緒に歩いてるはずの二人が、お互いにその存在を意識しながらも、その場には存在しない友達との会話を進めている。とことん一緒にいる意味が無いほどに……。

 同じ目的地に向かっている事実以外には、二人を繋げているものは何もない。

 そんな時だった。

「ちょっとすみません!」

 二人を呼びとめる声が後方から飛び込んできた。

 アサミと可奈は、どうせナンパだろうと携帯を耳にあてたまま同時に振り向いて見る。そこには、ジャニ系の顔立ちに白い歯を覗かせる爽やかな笑顔の男が立っていた。二十二、三といったところだろうか――だが、その目の奥は異様なほど真剣だ。

 アサミのタイプではない『流行の顔』だった。どちらかと言うとアサミは三枚目タイプが好みなのだ。だが、可奈は気に入った様子で電話の途中にも関わらず「また後でかけるっ!」と慌てて切ると、その見え見えの行動とは裏腹な言葉を投げかけた。

「何? 何か用でもある訳?」

 さも嫌そうに言う可奈。

「すみません、僕はこういう者なんですけど……」

 言いながら男は、格好良く着こなされたスーツの上着の内ポケットから探り出された名刺を差し出す。二人はその名刺を受け取りながら、もしかしてスカウトマンとでも思ったのか、少し顔がほころんだ。

 しかし、そこに書かれた肩書きは期待したものではなかった。

「雑誌記者?」

 アサミは言いながら首をかしげた。









 

    









                

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