〜 AVENGE 〜  ティンク




 

 

 アサミも太郎も、『未来の森』への長い行列を目の当たりにして、ヘドが出そうなほどゲンナリした。

 

「マジ?」

 

 二人同時の言葉に、お互い顔を見合わせて少し笑った。

 

「あ、今日って土曜日だからだ」

 

言いながら、太郎は腕時計を覗き込んだ。

 

「八時半か」

 

いろんな層が並ぶ人波に溢れた『未来の森』が開くのは九時だ。

 

――開店前から、こんなに人が並んでいるなんて、よっぽど当たるのかな。

 

とアサミは思った。

 

長くなる、と少しは覚悟を決めてきたつもりだったが、この分だと二時間は並ぶ羽目になるだろう、そう思うと、やはり気持ち的に、早くも疲れが出てきたようだ。

 

「ねぇ、このまま、お爺さんの方に行って話聞くって無理なのかな」

 

 アサミの提案に、太郎は「そっか」と頷くと、二人は館の裏手に回った。しかし、路上には、それらしき老人はいない。

 

「なんで、居ないんだろう?」

 

 疑問を太郎に投げかけるアサミだったが、互いに首を捻るばかりだった。

 

「あの、すみません」

 

 アサミは、通り過ぎる人に声をかける。

 

「何?」

 

 アサミと同じ年代の女の子だ。訝しそうに、アサミを見ている。

 

「あそこに、変な露店があるって聞いたんですけど……」

 

アサミは『未来の森』の裏出口を指差した。女の子は、その先を見遣ると「ああ」と頷く。だが、聞く人の手元を見下ろしたアサミは驚いた。女の子が持っている携帯には、あの人形がぶら下がっているからだ。

 

「それ!」

 

「は?」

 

 女の子は、人形を目の前に翳し「これ?」と呟いた。

 

「そう、その人形を売っている人に会いたいんだけど、でも、まだ……」

 

 アサミがまだ話している最中だと言うのに、女の子は高々と笑い声をあげた。

 

「え〜何? これ欲しいの? でも無理だと思う〜」

 

 その言い草に、アサミはムッと顔を顰めた。

 

「なんで」

 

「だって、これはティンクの占いをした人にしか買えないんだもん。あそこからちゃんと出てこないと、爺さんがいても買えないし」

 

 そう言って、また笑う。

 

「君は?!」

 

 今度は太郎が、女の子の腕を掴んだ。

 

「何すんだよ!」

 

 女の子は、太郎の腕を振り払うと、ものすごい形相で睨んだ。

 

「君は、何ともないのか?」

 

「は? 何言ってんのアンタ」

 

 女の子は気味悪そうに、連れの女の子に失笑を零した。目の前の二人は、顔を見合せると、肩を竦めて見せた。

 

「その人形を買ってから、何か不思議な事はあったのかと聞いているんだ」

 

 いささか太郎も、不躾な態度に変わっている。

 

「何こいつ、キモくねぇ?」

 

「マジ、キモ〜い」

 

「つうかさ、この人形かってから友達増えたし〜、不思議でもなんでもないし」

 

 言いざま、女の子たちは「行こ」と、言ってクスクスと笑いながら歩きだした。既に、アサミたちの事は気にも留めない様子だ。

 

 しかし、女の子の言った「友達」と言う言葉に、太郎とアサミは顔を見合せた。そして、太郎は、大きく溜息を落とす。

 

「これだから、女子高生って話しづらいよなぁ……人の話もまともに聞けな……」

 

 そこまで言って太郎はハッとアサミを見流す。その先には、少しムッと頬を膨らませるアサミがいる。

 

「私も一応、女子高生なんですけど……?」

 

 そんなアサミの棘のある言い方に、太郎は取り繕うように「ごめん」と謝った。

 

「アサミは、その……違うから」

 

 申し訳なさそうな太郎の態度に、アサミはフッと笑みを零す。

 

「別にいいけど」

 

 言いざま、アサミは踵を返し、元来た道を戻って行った。

 

「アサミ」

 

 太郎は、慌ててアサミの後を追う。

 

「ごめんって」

 

「マジでいいの、それより、占いをしてもらわなきゃ人形買えないとか、話も出来ないの意味ないし……とりあえず戻るしかないじゃない」

 

「そ、そうだな」

 

 太郎は、うんうん、と相槌を打ちながらも、まだその表情は戸惑っているようだ。

 

 そうこうしながらも、二人は列の最後尾に並んだ。

 

自分達が、なぜここに並んでいるのか、その意味がわからなくなりそうなほどに、店の看板さえ見えやしない長蛇だ。

 

本当にここで良いのか、ここに来れば何かを得られるのか、そんな疑問ばかりが募る表情を浮かべながらも、口にしない二人だった。

 

それでも何かを掴みたい想いは同じだ。その一心で並んでいる。

 

「そう言えば、太郎って仕事とか、行かなくていいの?」

 

 アサミは何かを喋っていなくては気がおかしくなりそうになったのか、ふと聞いてみた。

 

 太郎も同じ思いなのか、然して怪訝な態度も取らず、自然にアサミを見遣る。

 

「いいんだ」

 

「え、だって一応、記者なんでしょ? 土曜日休み?」

 

「一応って……会社は休みじゃないけど」

 

「あ、ごめん」

 

「いや、俺、ホント言うと、いずみが消えてから休職願いを出してるんだよ。でも、女子高生に声かける時は仕事中を装ってたけどね、雑誌記者って言った方が話し聞いてくれるし」

 

「そうなんだ」

 

「でも、ほとんどの子には無視されてたけど」

 

 そう言って、太郎は苦笑いを浮かべた。だが、すぐさまアサミを見遣り、優しい微笑みに変わる。

 

「アサミくらいだよ。写真受け取ってくれたの」

 

 その言葉に、アサミは頬を紅潮させた。なぜか、自分だけは特別に思ってくれていると思ったからだろうか。

 

「そんな、別に、私は……普通に……あの時は、正直言うと特に何も考えてなかった、写真受け取ったのだって本気で探す気があった訳じゃないし」

 

「わかってるよ。アサミにその気がなかった事くらい」

 

「え?」

 

 またまたお見通し、とばかりに言った太郎に、アサミは驚いた。

 

「でも、ただ嬉しかったんだ。何となく……それに、アサミは俺の好みのタイプだったから」

 

 太郎が少し紅潮しながら、前に向き直した。アサミを見ないで呟いた太郎の態度に、更にアサミも耳まで赤くなる。

 

「不謹慎だろ? 妹を探してるってのに、そんな事を考えてたなんて」

 

「そ、そんな事ない! 私も最近は同じ事考えてたよ!」

 

 間髪入れずに、アサミは思わず答えた。

 

しまった、と思って慌てて両手で口を塞いだが遅いようだ。太郎は、今度はフッと笑みを零し、アサミを見つめて来た。

 

透け透けの心が、もの凄く恥かしく感じたアサミは、視線を逸らす。

 

「で、でも、太郎は二回目に会った時、憶えてなさそうだったじゃん」

 

 そう言って、少し口を尖らせた。

 

「あれは嘘。本当は憶えてた。近付く度に、アサミが顔赤くしてたから」

 

 太郎は軽く頷きながら意地悪そうに返して来た。

 

「からかったの? ヒドイ」

 

 思わずアサミは太郎の背中を叩く。だが、二度目に振りあげたその手を、太郎はしっかりと握り止めた。

 

繋がる指先。絡まる視線。アサミの鼓動は、かなり加速しているだろう。

 

「そんなんじゃないよ。何て言うのかな、確かめたかったっていうか」

 

「な、何を」

 

「俺だけ一目ボレしたっていったら癪だったからかな。俺の照れ隠しみたいなもんでもある、と思ってくれればいい」

 

 瞬間、太郎の指先は、アサミの指先を絡め取り、握り締めた。掌が重なり、熱さが伝わる。アサミは、その行為に、今度は恥かしがる事もなく、思いきり握り返した。

 

――「確かめたかった」と、可奈にも前に言われた事があったな。あれから私達は分かり合えるようになったんだ。でも、守ってやれなかった。

 

 そう思うと、瞳が濡れていった。

 

――あれ、泣きたくないのに涙が勝手に……変だよ。妙に最近、涙もろい気がする。

 

 どんどん溢れる涙を堪えようと、アサミは必死に唇を噛締めた。だが、太郎はそんな砂身に目を細める。

 

「泣きたい時は泣けばいい」

 

 そう言って、太郎はもう片方の手で、アサミの頭をくいっと引き寄せると、自分の胸に押し当てた。

 

「俺がアサミを守ってやるから、我慢するなよ」

 

 優しく呟いた太郎の声に、アサミの嗚咽が漏れる。そして、温かな手をギュッと握り返した。









 

    









              

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