〜 AVENGE 〜 距離の狭間で



聞いたこともない『冨士舎』と書かれた名刺の真ん中には『山田太郎』と書かれている。取って付けたような名前に、アサミは思わずプッと吹き出してしまった。

 

そして、アサミと可奈は顔を見合せると「怪しい……」と、呟いた言葉に山田太郎なる人物は苦笑いを浮かべる。

 

新手のナンパか、またはマジで怪しい勧誘か。

 

「よく笑われるんだけど……それ本名なんだよね」

 

 と、太郎は頭をかきながら答えた。

 

「そうなんだ」

 

 アサミは視線を絡めないままに無愛想に返事をした。

 

「え〜でも、かわいい名前だよね〜。すぐにみんなに憶えてもらえそうじゃん! 太郎ちゃんって」

 

 可奈の茶化したような言葉に頭をかきながら「どうも……」と迷惑そうに応える太郎を尻目に、アサミは大きく溜息を落とした。

 

「で、だから何?」

 

 いつのまにか電話を切っていたアサミは、早く用件を言ってくれと言わんばかりに聞き返した。

 

「あっ、そうそう。あんまり売れてないから知らないかもしれないけど……オカルト系の雑誌なんだ」

 

 オカルト系なら女子高生が好きそうな雑誌なのに、売れてないのならよっぽど面白くない雑誌に違いない。そう思った二人はあ然とし、また訝しそうに顔を見合わせた。

 

「最近の気になる噂話を耳にして調べてるんだけど、行方不明になってる女の子達がいるの知ってる?」

 

 太郎は笑顔を忘れ、突然と真剣な顔になる。重苦しい雰囲気が漂い始めた。

 

「知らな〜い。アサミ知ってる?」

 

 可奈がアサミに振ってきたが、すかさず首を横に振り「知らない」とアサミは呟いた。

 

「都内の女子高生ばっかりなんだけど、今時の子って顔は知ってるけど、名前も知らない子達と友達になったりするんでしょ? 見たことないかなぁ? この子達」

 

 太郎は名刺を取り出したポケットから、また四枚の写真を取り出して見せた。アサミと可奈は二枚ずつ交互に写真を手に取り見合う。

 

「捜索願い出てんの?」

 

 写真を見ながら聞いたアサミに「一人だけ……」と太郎は応える。

 

 アサミは上目遣いに太郎を見て、次に「家出?」と聞いた。

 

「違うと思う」

 

「思う? 何それ、何で思うな訳? 今時の女子高生って言ったじゃん。プチとかじゃないの?」

 

 と、可奈は少し膨れっ面で話に入ってきた。女子高生の行方不明の話題とあって、ぶ然とした態度に変わったのだ。

 

「そうじゃないらしいから調べてんの」

 

 少々トゲのある言い方で太郎が言った。

 

「……って言うか。あんたオカルト系の雑誌でしょ? 何で女子高生の家出なんか調べてんのよ」

 

 女子高生の得意言葉だ。初対面にも関わらず、もう『あんた』呼ばわり。それには太郎も明らかに怒ったような口調になった。

 

「だから、家出じゃないって」

 

「だから〜なんで、わかるんだっちゅうの」

 

 同じ質問の繰り返しをしているだけの可奈に、アサミは短く溜息を落とし、うんざりとした顔をのぞかせる。この頭の悪そうなやり取りに、またアサミは吐き気を思い出していた。

 

その時だ。

 

「この子!」

 

 と太郎が、アサミが持っていた写真の一人を指差した。

 

「……おれの妹なんだ。一ヶ月前から家に帰ってこない。家出する理由がない真面目な子なんだ」

 

「何? 身内なわけ〜?」

 

 完全に可奈は気だるそうだ。

 

「じゃあ、捜索願い出してるのは……」

 

 とアサミが聞くと、少々気まずそうに太郎は俯き加減に言った。

 

「そう、俺」

 

「雑誌とは全然関係ないじゃん?」

 

 とうとうシラけきった可奈は憮然とした態度でそっぽを向いてしまった。だが、太郎は必死に食い下がってくる。

 

「まったく関係無い訳じゃない。不思議に感じてるから記事にしようとも思ってるんだ。妹……いずみって言うんだけど、調べてるうちに他の子の三人も行方不明なのを知って、そのいなくなる状況が何だか似ていて……っていうかその行動だったかな……が」

 

 曖昧ではあるが、懸命に太郎が話してるにも関わらず、可奈は会話を中断させるべく、面倒臭そうに短い息を吐き出す。

 

「あのさぁ、悪いんだけどぉ……私、行くとこあるんだよね! 他の人に聞いてくれない? 私らに聞いてもこの子ら知らないしぃ」

 

と、可奈の視線は最早、太郎を見る気がないようだ。

 

既に可奈は違う空間を眺めながら、人差指に髪の先をクルクルと巻き始めた。これは可奈が興味をなくした仕草だ。そんな事とは知らない太郎は、慌てたように内ポケットをまさぐった。

 

「だったら、この写真、他の子達にも見せてくれるっ? もし知ってる子がいたら連絡欲しいんだけど!」

 

 そう言う太郎を尻目に、可奈は持っていた写真二枚を太郎のむなぐらに押し返して歩き出した。

 

「アサミ! 行こう!」

 

「あっ……うん」

 

 そう言いながらもアサミは、呆然と立ち尽くす太郎の手に握り締められた写真を引っ張った。

 

「これ、預かっとくよ!」

 

「あっ……ありがとう!」

 

 安心したような太郎の声に押されながらも、聞こえない振りをしてアサミは可奈の後を追った。

 

 早くも可奈の手には忙しくメールを打つ携帯が握られている。

 

 アサミはカバンの中に写真をそっと忍ばせながら、太郎の様子を振り返り見た。

 

 太郎は既に、別の女子高生を捕まえて、同じ事を繰り返しているようだった。だが、その女子高生もまた可奈と同じような態度で太郎と向き合っている。

 

 自分がなぜ、こうした行動に出たのかアサミにはまだ解らなかった。

 

――本当は行方不明の子なんて関係ないはずなのに……。

 

 そう思いながらも、太郎に振り返る。

 

 いったい何が気になったのだろうか。考えても答えは出ない。アサミはゆっくりと、目の前の可奈を見遣り、再び腹の底に蟠る吐き気を堪えるように口を覆った。

 

――可奈の態度に対する反発心かもしれない。

 

 そう思いながらも、やはり煮え切らない表情のままに歩き続けた。

 

「顔は良くてもウザイのは勘弁って感じだよね〜」

 

 可奈はアサミに同意を求めてきた。

 

「そうだね」

 

この場でアサミは友達をとった。いや、そうしたかったに違いない。これ以上、可奈との会話を続けるのが面倒臭かったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

―――どうして私は『友達』といるんだろう。これじゃ……一人と変わらないんじゃないの……?

 

 

 アサミは、そう感じていた。








    









              

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