〜 AVENGE 〜  エピローグ




 

 二人が立つ平原から東に、なだらかな丘がある。暫くすると、その向こうから大きな声が聞こえてきた。

 

「誰か、来る?」

 

不安げに言ったアサミの声に、太郎も同じ方向を見遣る。そこには、朝陽を背に、二人に向かって歩いてくる人影があった。

 

「お〜い! そこにいるのかぁ?」

 

 辺りを見回しても、アサミと太郎以外に誰もいない。その問いが、自分たちに向けられているのだと解った二人は、互いの顔を見合わせた。

 

「お〜本当だ、いたいたぁ! お〜い大丈夫かぁ?」

 

 次第に近付いて来た二人の男に、不思議そうな面持ちで首を傾げたアサミだったが、ゆっくりと歩き出した太郎の後をすかさず追った。

 

 徐々に近付く距離に、アサミは不安を隠しきれない。なぜなら、一人の男は猟銃を肩にかけている。物騒な出で立ちに警戒心が強まるばかりだ。しかし、傍らの男は色白で、ひょろりと伸びた背が弱弱しく映る。

 

「お〜お〜無事で何より」

 

 猟銃を持った男が、厳つい容姿に似合わず、満面の笑顔で言った。

 

「どうしてここが?」

 

 緊張が窺える、少しかすれた声で太郎が聞く。

 

「なぁに、ゆんべさぁ、若い男女が神楽御村の所在を聞いて山に入ったって言うもんだから、ほれ、車は止めっぱなしで、二人の姿がないんじゃからなぁ……こりゃ遭難したかぁって心配しとったんや、なぁ?」

 

 厳つい男は髭を撫でながら、もう一人の連れを見遣って言った。色白の男が頷く。

 

「ああぁそうそう。アンタら全く無謀じゃねぇ、ここは地元のもんでも、あんまし近付かんとこじゃけぇね」

 

 どうやら悪い人ではなさそうだと察したアサミは、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「そうなんですか……」

 

 後ろ手にアサミを守るように立っていた太郎も、同じように安心の声を漏らした。

 

「そうさぁ、最近は物騒で、何やら都会の方でも神隠しもあるって噂だし、しかもここいらは、そんな噂が昔からあって、余計に心配でなぁ」

 

「まぁ、そんなもん迷信じゃろうがな」

 

 男二人はそう言って笑い合った。

 

 太郎はまた、そうですか、と呟いて北の空を見遣る。アサミも同じく、太郎の視線の先を追った。

 

 すると男達は、二人の様子を見て、上げた口端を固く結ぶと、真剣な眼差しに切り替えた。

 

「もしかして、アンタら……見たんけぇ?」

 

 と、恐る恐る聞いてきた。

 

「え?」

 

 太郎とアサミは同時に、男達の方へ振り返った。

 

「何を……?」

 

 聞き返す太郎の言葉に、厳つい男は肩にかけた猟銃を持ち直すと、こほん、と一つ咳払いをして見せた。

 

「いやぁ、たまに風の強い日なんかさぁ、あの森の奥からうめき声が届くって言うんだよ。まぁ、あの奥は断崖で、誰も近付けん……じゃが、これも迷信っ中話しやしな」

 

「そうそう、崖の向こうで爺さんが手招きしてくるって話もあったな」

 

 男達は不安げに言いながらも、太郎とアサミをからかったように再び笑い合った。まるで恐怖心を隠しているかのようにも見える。

 

「え? でも、吊り橋がありますよね?」

 

 アサミは、男の話に首を傾げた。腑に落ちない言葉を拾い上げ、不思議そうに聞き返したのだ。だが、男たちの反応は、明らかに可笑しかった。

 

「吊り橋ぃ?」

 

 そう言って今度は、色白の男が首を傾げたのだ。

 

「ないない。あそこに橋を掛けようとした者はな、今までに何人かはおった。けどな、その度に事故が起こって進まねぇ。だから、もう誰も手ぇつけんよぉ」

 

 互いの言葉に首ばかりを傾げる。しかし、男の顔は到底、嘘を吐いているようには見えなかった。

 

「それにしても、アンタら、はよぉ友達に会ってあげな、待っとるでよぉ」

 

「えっ?!」

 

当然、アサミは驚いた。既に、アサミの頭の中は可奈で一杯らしい。目の前に立つ太郎を押し退け、前にのめり出る。そして、

 

「友達? 友達って誰の事ですか?!」

 

そう言ってアサミは形振り構わず、色白の男に詰め寄った。その勢いに男は身じろぎながらも、アサミの肩を掴み、ゆっくり離した。

 

「落ちつけって」

 

「でも」

 

「なぁに、随分前にな、この森の入り口で倒れてるのを見つけた子でな、意識もなくて心配しとったんだ。それが、さっき何を思ったか突然と目を覚まして、この山に自分の友達が来ているから助けに行ってあげて欲しい、って頼むからよ」

 

「そうそう。こんな山に人が入る訳ないって言っても聞かねぇし、そしたら、若い男女を見たって聞いてな」

 

そう男は言うと、踵を返し歩き出した。

 

「ま、無事で何より……ついて来なさい」

 

色白の男に続き、厳つい男も「心配すんな」と言って、丘を下り始めた。

 

アサミと太郎は、互いに顔を見合わせ、息を呑んだ。

 

「可奈の事……だよね、きっと」

 

「でも、俺が見た子がその、可奈って子なら……生きてるはずな……」

 

 そう言いかけて太郎は「ごめん」と、口を噤んだ。

 

 アサミは「きにしないで」と言いながら、そっと太郎の手を握り締めた。

 

「確かめたいの」

 

 強いアサミの言葉に、太郎が頷く。

 

「でも、警戒心は解くなよ」

 

太郎がアサミの手を握り返すと、その手を引っ張り歩き出した。そしてまだ、得体の知れない男たちの後に続く。

 

 

 

 

     ◇

 

 

 

          

 丘を下ると麓近くに雑木林があり、そこを抜けると見渡す限りの田園風景が広がった。真っ直ぐ続く一本道を歩く事三十分余り、やっと男の家に辿りついたらしい。

 

「今帰ったで」

 

 そう言って、厳つい男がようやく玄関先に猟銃を下ろした。

 

アサミたちは、誘われるままに玄関を入ると、すぐさま客間に通された。

 

だが、すぐさまアサミは、繋いでいた太郎の手を放し、息が出来ない程に動揺した。

 

「う、そ」

 

目の前にある光景に息をのむ。アサミが目にしたのは、布団から上半身を起こし、呆然と前を見据える可奈の姿だった。

 

「可奈っ!?」

 

すかさずアサミは叫びながら可奈に走り寄る。そして、力いっぱいに可奈を抱きしめた。アサミの肩越しに、遠くを見つめる可奈の瞳には、次第に涙があふれていく。

 

アサミは顔を上げると、まだ呆然とする可奈の肩を強く握り締めると、まじまじとその顔を、穴があくほどに見詰めた。

 

「可奈……本当に可奈なんだね?」

 

 肩を揺らすアサミに、可奈は死んだ魚のような眼をして、揺すぶられるがままだった。だが、徐々に瞳に色を取り戻していく。開いていた瞳孔が、次第にアサミを映し出す。

 

「……アサ、ミ?」

 

震える声で、可奈は唇を噛み締めた。

 

「夢……見てたような気がする……」

 

 そう言って可奈は、ゆっくりと瞼を閉じると、アサミを抱きしめ返した。

 

「私も……」

 

アサミと可奈は、強く抱き締め合う。

 

傍らで見守る太郎の目にも、いつしか涙が溢れていた。探し求めた友達に辿り着いたのだ。太郎はまるで自分の事のように思えたのだろう。

 

例え、自分の妹が帰って来なくても、たった一人でも救えたのだと思える事が、無性に嬉しかったのかもしれない。 

 

「どうして、なんて今は必要ないね。可奈が生きててくれた……それだけで十分だよ」

 

 アサミは、再び会えた喜びを噛み締めるように呟いた。








 

    









              

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