〜 AVENGE 〜 季節外れの招待状




 

 

赤々とした初秋の知らせが、空に群れとなって踊り始める。

 

夕暮れ時の河川敷の土手に、ランドセルを背負った五・六人の女の子が、一人の女の子を中心に、輪を作っていた。

 

真ん中の子は、小さく蹲っていた。

 

「アンタさぁ、ウザイんだよね! 暗いしさ! もう学校来るなよ!」

 

リーダーらしい女の子が、蹲る背中に足蹴りをしながら、そう乱暴に言葉をぶつけた。

 

「香苗ちゃん、でもコイツ来なかったらつまんないじゃん」

 

 輪の中の一人が、少し遠慮しがちに呟いた。だが、香苗はその子を、キッと睨みつける。

 

「そう? 私は桐子を見てるだけでムカツクから、消えて欲しいんだけど・・・・・・」

 

香苗の言葉はいつも絶対のようで、周りはみんな黙ってしまう。

 

桐子は泣き出してしまい、香苗は、けだるそうにため息をついた。

 

「なに泣いてんだよ!」

 

 言いながら、香苗は桐子の背中を再び何度も蹴った。桐子の背中に足跡が幾つも付く。しかし、桐子はただ泣くばかりで、それがまた、香苗には面白くなかったらしい。

 

「あ〜あ! 面白くない! 少しは反抗して見せろよな!」

 

 それでも桐子は黙ったまま泣いている。香苗は鼻を鳴らし、

 

「ふん! もうみんな帰ろう!」

 

そう言って、みんなを先導するように、土手を登り始めた。

 

蹲る桐子を尻目に、渋々後をついていく女の子達。香苗は悪びれた様子もなく、足早に河川敷を後にした。

 

 

 

   ◇

 

 

 

香苗が自宅の敷地内にさしかかると、携帯がメールランプを光らせ振動した。ポケットから徐に携帯を取り出した香苗は、躊躇う事なく画面を開けた。

 

「あ……」

 

 と、一言だけ発すると、すぐさま閉じた香苗は急いで家の中に入った。その携帯には、無造作に木で作られた人形ストラップがぶら下がっている。

 

「お帰りなさい、香苗。塾のテストどうだった?」

 

玄関に入るなり、香苗の母親がどこかへ出かける様子で靴を履こうとしていた。母親が真っ先に口にした言葉は「おかえり」ではなく塾の事だった。それが面白くない香苗だったが、それでも笑顔で母親の前に立つ。

 

「ただいまお母さん。大丈夫だったよ、テスト」

 

「そう」

 

母親は、香苗の「大丈夫」の言葉だけを聞いて、素っ気無く返事を返すと、塾の先生に進路の相談があるのよ、と言い残し玄関を出ていった。

 

「こんな時間に、相談ねぇ……」

 

香苗は出ていった母親の後ろ姿を追い、小さく呟くと玄関のドアを閉めた。

 

リビングに入ると、食卓の上には冷めた冷凍食品が並んでいる。香苗は、その冷凍食品を手に取ると袋を開け、暫らく見つめたが、食べる事もなくゴミ箱へに捨てた。

 

そのまま、香苗は舌打ちをすると、リビングを後にした。階段を駆け上がり、自分の部屋に入るなり、すぐさま鍵をかける。

 

父親はいつも仕事で遅い。母親はそれをいい事に、塾の先生と逢引していたのだ。高学年にもなれば、母親が何をしているのかなど察しはつく。そして、香苗はそれを知っていながらも、聞く事はない。

 

そもそも香苗を今の塾に入れたのも、母親がその塾の先生を気に入ったからであって、塾事体の善し悪しは二の次だったのだ。

 

香苗はランドセルの中から、予め小遣いで買って来た菓子パンを出すと、布団に潜り込んだ。そして、そのまま先ほどのメール画面を開く。

 

『今日もお母さん、先生の所に行った!』

 

香苗は、最近メルトモになった子に返信したのだ。

 

名前も顔も知らない相手だったが、それが、香苗には何でも話せる気楽な友達だった。

 

『そうなんだ、寂しいんだね』

 

『そんな事ないよ。学校でウサ晴らししてるし』

 

『ああ、クラスメイトを虐めてるんだっけ?』

 

香苗は友達の返信を見て、思わず食べていた菓子パンを喉に詰まらせそうになった。

 

「え? 何で知ってるんだろう? 話したっけ……」

 

香苗は首をかしげた。だが、然程気にする様子もなく、返信欄を開き、桐子への愚痴を書きなぐっていく。 

 

『香苗は、何か望みとかある?』

 

だが、返信する間もなく、香苗の携帯には、友達からのメールが入った。

 

「望みかぁ……」

 

 先程の愚痴をすべて削除して、再び文字を並べていった。

 

『そうだな、しいて言えば。はじめて小学校に入った時に戻りたいかな』

 

『どうして?』

 

『だって、あの頃はまだ、お父さんもお母さんも、私だけを見ててくれたもん。ウチの庭にね、桜の木があるんだけど、あたしが小学校に入学した記念に植えたやつ、あの頃はまだその桜の下で、みんなで笑ってたんだ』

 

『そうなんだ』

 

『あ〜あ、あの頃は楽しかったのになぁ……今は最悪だよ』

 

 そんな返信をした時だった。思わず目を疑ってしまいたくなる文字が並んだ。香苗は、塾に通うようになって携帯を持ち始めて三年だ。メールを打つのは早い方だった。それでも、この友達は、こちら側から返信する間もないくらいのスピードで返してくる。

 

 そして、この文だ。

 

『じゃぁ、戻してあげようか?』

 

「えっ?」

 

香苗はまた驚き、何を戻してくれるのかを返信してみた。だが、それ以上の返信はもらえなかった。

 

「なんだよ」

 

ポツリと呟いた時だ。香苗は少し背筋に悪寒を感じ、部屋を見回した。暗く湿った空気が漂っている。

 

「だれ、かいるの?」

 

誰もいないはずなのに、自分が見られているという視線を感じた香苗は、咄嗟に深く布団に潜り込んだ。

 

「気持ち悪い……」

 

 そう呟きながら、残りのパンを口一杯に頬張ると、固く目を閉じた。

 

何もないままの時間が過ぎていく。部屋には、ただ時計の針がカチカチと木霊している。そして、香苗は、そのまま眠り込んでしまったらしい。目を覚ました時には、既に部屋には朝日が差し込んでいた。

 

「どんだけ寝たんだよ……」

 

 頭を掻きながら、けだるそうに布団から起き出した香苗は、ベッドに座り大きな欠伸をした。すると、何だか少し騒がしい外に気付いた。だが、香苗は然程、気にする様子もなく一階へと降りていった。

 

リビングには当然のように誰も居ない。

 

「あれ? 今日は日曜日なのに……」

 

 部屋中を見回しながら、香苗は両親の姿を探す。

 

「お父さん? お母さん?」

 

不思議に思った香苗は、そう呼びながら今度は庭先へと足を向けた。その庭先には、父親と母親が並んで上を見上げていた。

 

「なんだ、いたんだ。返事くらいしてよ」

 

言いながら香苗が庭に降りた時だった。心臓が止まるほどの衝撃に襲われた香苗は、それ以上の声を出せずに目を丸くした。

 

「……」

 

「あ、香苗」

 

 香苗に気付いた両親が振り向く。だが、その先にはあり得ない光景があった。

 

 春に花を落したはずの桜が、今、満開になっていたのだ。

 

これが春なら、喜びの面持ちに、綺麗に花を咲かせた桜の木を見上げるのだろうが、今は初秋だ。

 

桜の花の横を赤トンボが横切っていく。

 

瞬間、香苗の顔色は急速に失われていった。近所の人達も、その桜を見に集まってきていた。わななく唇を抑えきれない香苗に母親が近付き、嬉しそうに香苗の肩を抱き寄せた。

 

「香苗、見て。朝起きたら桜が満開だったのよ」

 

 そう言いながら、桜を見上げ指差す母親。

 

「何が起きたんだろうな……異常気象か?」

 

と、父親が首をかしげた、その時。

 

香苗の部屋から、携帯の着信音が流れ聞こえてきた。それは、紛れもなくあの友達からだと知らせる音だった。

 

香苗は恐る恐る自分の部屋を見上げた。そして、その音に引き込まれるように部屋に足を向けた。

 

部屋のドアを開け、目の前のベッドの上に転がる携帯を見つめる。全身の震えが止まらなくなっている。そのまま慌しく、香苗は何かに取り憑かれたように携帯を掴み取ると、容赦なく震える手で画面を開いた。

 

そして、メールの内容に愕然とし、怯えた。

 

「何? 何なの??」

 

『願いが叶ったでしょ? 桜の木の下で、親子三人、肩を並べて……よかったね』

 

その瞬間、香苗は携帯を床に落とし、後退する。その拍子に尻餅をつき、体中が震え出した。香苗が何もしなくても、携帯は勝手に受信を繰り返した。

 

『今度は、こっちの願いを叶えてよ』

 

『香苗と、ず〜っと一緒にいたいなぁ』

 

『いつも一人ぼっちで寂しかったんでしょ〜』

 

『今から、迎えに行ってもいいよね』

 

 その受信に連動しながら、例の人形がカタカタと動いた。目の前に転がる携帯から目が離せず、香苗は正気を失いつつあった。

 

「いやぁ―――――――っ!!」

 

メールの内容が否応なく目に飛び込んでくる恐怖に、香苗は怯えが増していく。少しずつ、少しずつ……携帯が意志を持ったように香苗に近付く。

 

「来ないでぇ―――――っ!!!」

 

途端に、香苗は立ちあがり部屋を飛び出したかと思うと、裸足のまま、先ほどの庭先に降り立った。その手には、台所からとっさに持ち出した包丁が握り締められていた。

 

「香苗っ!?」

 

同時に振り向き驚いた両親は、思わず身を引く。

 

「何するんだ? 辞めなさい!」

 

 それでも、止めようと試みた父親が近付こうとするが、香苗の視線は桜の木へと向けられていた。

 

「うるさい! 黙れ!」

 

「包丁なんかで何をする気っ?!」

 

母親はそう言いながらも、香苗の興奮しきった形相に、手を出す事が出来なかった。

 

「こんなんじゃない……こんなのを望んだんじゃないのよっ!」

 

香苗は言いざま、包丁を振り上げると、両親の目の前を突っ切ると、桜の木の幹を目掛けて突進した。

 

「やめなさいっ!」

 

何度も何度も、桜の幹に包丁を突き立てるも、そんな物では役に立たない。しかし、香苗は涙を流しながら恐怖と闘い、その行為を止めようとはしなかった。

 

父親が隙を突いて、香苗の振り上げた腕を何とか静止させた。母親は、何が何だか解からずに泣き崩れる。だが、香苗は父親を睨み上げると、その腕を払いのけた。

 

「今すぐ切らなきゃ……あいつが来るの! これはあいつの仕業なの!」

 

「何を言ってるんだ?! あいつって誰だ?!」

 

「あいつが来るのよ! 邪魔しないでっ!!」

 

そう言いながら、また香苗は部屋に走り戻った。

 

部屋に戻った香苗は、すぐさま転がったままの携帯に包丁を突きたてた。冷たい金属が破壊された音が響く。

 

「来れるものなら来てみればっ!?」

 

そう叫びながら、狂ったように折れた包丁を足元に叩きつけると、踵を返し、一目散に階段を駆け上った。大きく肩で息をしながら部屋へと戻った香苗。

 

その、香苗の後を追ってきた父親が階段を上りきった所で、開いていたはずの部屋のドアは思いきりよく閉められた。

 

父親は力任せにドアを開けようとしたが、びくともしない。

 

「香苗っ、香苗っ?! 開けなさい! 何があったんだ?!」

 

その声と、ドアを叩く音に我に返った香苗は、肩を震わせ振りかえった。

 

「うそ……」

 

香苗の目の前には、鍵がかかっていないドアがある。急いで香苗は立ちあがり、ドア越しに助けを求めた。

 

「やだ、なんで開かないの?! お父さん! お父さん! 助けて! 私、閉めてなんかないよ!」

 

その時、父親の叩く腕が止まった。

 

「香苗っ! どいてろっ!」

 

そう言って一歩下がった父親は、渾身の力を込めてドアに体当たりした。

 

「うわっ!」

 

固く閉ざされていたはずのドアは、思ったよりも簡単に開き、父親は反動で倒れ込んだ。だが、すかさず起き上がったが、瞬間、父親は力が抜けたように両膝を床に落とした。

 

「香苗?」

 

吐き出したような息と共に呟いた父親は、部屋中をゆっくりと見まわした。しかし、そこに居たはずの香苗の姿は、もうどこにもなかった。








 

    









              

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