〜 AVENGE 〜 メール




 分かり合った日からのアサミと可奈は、端から見れば変わりなく見えたかもしれない。だが、二人の間には確実に何かが違っていた。信頼し合える友達に巡り会えたのだから、毎日が楽しくて仕方がないらしい。

 

相変わらず、アサミの教室一番乗りの癖は治らないが、前と確実に違う事は、可奈が教室に入ってくるのが待ち遠しくなったという事だろう。家が反対方向であるため登校も一緒に、とはいかない。

 

そして、可奈も変わっていた。

 

学校に来るのが嫌だと言う気持ちがなくなり、以前のようにチャイムギリギリには来なくなったのだ。早くお互いに会いたくて、アサミの次に教室のドアを開けるのは、可奈になっていた程だ。

 

今までは一人の時間を大切にしたいと思っていたアサミにとって、いつしかそれは雑音ではなくなっていた。

 

いつものように、学校帰りも駅まで一緒だったが、そこから時間の許す限り、お互いの家を行き来するようにもなった。勿論、グループ同士の合流は、たまにだが続けた。

 

でも、以前と違ったのは「気に入らない」「乗らない」「つまらない」と二人が感じた時には、早々に抜け出す事にしている事だ。そんな気持ちも、いつも不思議と同じだったから成し得るのかもしれない。

 

とにかく二人でいることが楽しかった。昔からずっと一緒にいたような姉妹のように。あんなに必要としていた携帯も、今ではほとんど二人の時は使っていない。

 

 どうせアサミと可奈を誘ってもつまらない、と周りも思い始めていたせいもあるが、それはそれで二人にとってはよかった。だから、最近ではアサミが、可奈の携帯にぶら下がった『ピノキオ』を目にする事も少なくなっていった。

 

 一度アサミが人形を「外せば?」と言った事があったが、アサミと分かり合えたお守りだから、と可奈は強く握り締めていた。

 

アサミがいつも傍にいてくれるような気がして外せないらしい。

 

可奈はどこかで、アサミが離れてしまうかもしれないと不安をまだ感じているのかもしれない。それを拭いさってやれるまではと、アサミもそれ以上何も言わなかった。

 

一度は気味悪いと思った人形だったが、それでもアサミは、可奈が「ピノキオ」を自分だと思って大事にしてくれていると思うと、嬉しかった部分があったからだ。

 

それから暫らく、二人の時間を大切に過ごしていたアサミと可奈は、周りの騒がしい変化に気付かないでいた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

「ねぇねぇ!」

 

 昼休み、二人がいつものように机を挟んで、食べ終えた弁当箱を片付けている時だった。 クラスメイトの『歩くスピーカー女』と影で言われる雅代が、珍しく話し掛けてきた。

 

「アリサが家出したって知ってた?」

 

「そうなの?」

 

 アサミは弁当を包むハンカチを縛りながら、雅代を見もしないで答えていた。たいした驚きも無いらしい。

 

勿論、可奈も同じ反応だ。

 

「そうなんだって! 一週間くらい家に帰ってないらしいよ」

 

「友達の家にでも泊まり歩いてるんじゃないの?」

 

 可奈が、驚くほどの事でもないよ、と当然のように言った。

 

「最初はさぁ、何だかアリサの親も取り乱してて、何言ってるかわからなかったみたいなんだけど、家出かも知れないって思い直したらしいんだよね……で、そこら中思い当る伏しに連絡しても結局誰も知らなくて、携帯は繋がるんだけど出ないみたいよ」

 

「やましいからじゃない?」

 

 アサミも迷わず言った。

 

「友達が連絡してもだよ!」

 

「真紀子にさせればいいじゃん」

 

 雅代の顔色が、一瞬だが曇った。だが、どうでもいい話題に、アサミも可奈も乗り気ではなかった為、然程気にする範囲ではなかったらしい。

 

「知らないの?」

 

 別に知りたくもないけど、といった面持ちのアサミだったが、とりあえず雅代を見遣る。

 

「何が?」

 

 一応、アサミは聞いてみた。雅代の顔が「聞いてよ」と言わんばかりだった為だろう。

 

「入院してるんだよ。五日前から……」

 

「そうなの? どうりでメール入ってこないと思った」

 

 アサミと可奈は、お互いの顔を見合わせた。雅代はそんな二人に顔を近付け小声で囁く。

 

「しかも、精神病院に」

 

「はぁ?」

 

 と、二人同時の声を重ねると、雅代は得意そうな顔をして続けた。

 

「アリサがいなくなった日くらいかな、すっごく慌てて帰って来たと思ったら急に暴れ出したんだって。その前からも少し言動がおかしくなってたみたいだけど。アサミ達、よく一緒にいたのに気付かなかった?」

 

「全然」

 

 アサミは首を大きく横に振った。

 

「それに、H高校の女の子も何人か行方不明になったみたいで、みんな騒いでるよ。もうどこの高校もこの話題で持ちきりだよ! 神隠しだって」

 

「神隠し〜?」

 

「オーバーじゃない?」

 

 アサミも可奈も少し引き気味に笑った。その反応に、雅代は少しカチンと来た様子で話を続けた。

 

「マジなんだって! 今月に入ってもう十二人だよ。いなくなったの。しかも突然に。みんな、いなくなる前には必ず変になっちゃうらしいし、マスコミも騒ぎ出してるし、テレビも見てないの? 『平成の神隠し』だって。先月までにも四人がいなくなってるみたいよ」

 

 雅代が嘘を言っている様子ではなかった。

 

流行に敏感になっていた二人が、今ではそう言う話題の類にはついて行けないほどに、雑誌もテレビも見ていなかったのだ。知らなくて当たり前と言えば当たり前だ。真剣に話す雅代に対して、アサミの笑いは薄れていた。

 

「中にはさ、連続誘拐事件だの、殺人だの言う人もいるし」

 

「みんな高校生なわけ?」

 

「ううん。前のも入れて、二人は小学生の女の子で、女子高生がアリサを入れて八人でしょ。大学生の男も一人いないらしいし、一人は普通のサラリーマンに、主婦が三人。中学生も一人いたかな?」 

 

 流石は伊達に「歩くスピーカー女」というレッテルを抱えていない。かなり詳しい。

 

「何にも繋がりない訳?」

 

「ないらしいよ。みんな都内に住んでるって事以外は……あっ、でも、アリサといなくなった二人のH高の二人は顔見知りだったみたいよ。アサミも可奈も知ってるんじゃないかと思って。だから聞きに来たんだよ。何も持たずにいなくならないでしょ普通。唯一持って行ったのって、みんな携帯だけらしいよ」

 

「携帯?」

 

「そう、家族の人がどこ探しても携帯だけは見つからないんだって、だから持っていったんじゃないかって噂……」

 

「小学生が携帯持ってんの?」

 

「最近持ってる子多いよ」

 

「その、いなくなった子の名前って雅代は知ってるの?」

 

 可奈が突然、不安そうな面持ちで聞いていた。

 

「もち知ってる! 白尾朋子に……コバ……コ……?」

 

「小早川里奈?」

 

 すかさず可奈が言った。

 

「そうそう! 何だ、可奈知ってるんじゃん!」

 

「何? 可奈知ってるの?」

 

 アサミもすかさず可奈に聞き返した。

 

「……ほら、ずっと前に渋谷で会った……アサミが途中で抜け出した日に」

 

「ああ、あの時にいた知らない子三人?」

 

「そう」

 

 それだけ言って可奈は俯いた。アサミには、心なしか震えているようにも見える。

 

「雅代。ナツキは? 米谷ナツキって子」

 

 そう震えた声で、可奈は雅代に聞いた。

 

「ナツキ? それは知らないなぁ。その子は家にいるんじゃない? いなくなったって言うあたしのリストには載ってないもん」

 

 どんなリストだよ、とアサミは小さく呟いたが、それ以上に可奈の顔色が気になっていた。

 

「……そ……う」

 

 と、可奈の声がまた一オクターブ低くなる。

 

「とにかくさぁ。みんなアリサの事とか心配してるんだよね。だから、アサミも可奈もそれなりに探して見てよ。仲良さそうだったし知ってると思ってたけど。じゃあね」

 

 雅代はそそくさと違うグループの輪の中に潜り込んで行った。今ここで話した事を、また次の誰かに言いに行ったのだ。

 

真紀子が精神病院に入院しているという事を雅代が広めているのは確実だ。何せ二人は同じ社宅に住んでいる。親同士が同じ会社の同僚と言う事で情報は正確だろう。そんな事より、アサミには落ち込んでいる可奈の方が心配だった。

 

「どうしたの?」

 

 アサミはそっと肩に手を乗せた。

 

 可奈の肩が、怯えたようにピクリと上がる。そして、ゆっくりと目線を合わせるように顔を上げた。

 

その目は明らかに、何かに怯えている様子だった。

 

「何?」

 

 アサミは、迷子を宥めるように優しく聞いてみた。

 

「解らない……でも。何か嫌な予感がするの」

 

 可奈の言葉が震えている。アサミは元気付ける意味も含めてフッと笑いながら、

 

「大丈夫だよ! 気にしすぎ! 一緒にいたのあの時だけでしょ?」

 

 と、可奈の肩を揺らした。

 

「そうだけど。何か気持ち悪いよ。あの時いた六人のうち三人も行方不明で、真紀子はおかしくなったって」

 

「でも、全員じゃないじゃない! 可奈はどこもおかしくなんかないよ」

 

「…………」

 

「偶然だよ!」

 

「うん。そう思いたいけど」

 

「けど?」

 

「放課後、真紀子に会って見ようかな?」

 

「どうして?」

 

「どうしてそうなったか聞けるかも」

 

「聞けないよ」

 

「何で?」

 

「だって、変になっちゃったんでしょ? きっと面会なんかさせてくれないよ」

 

 アサミはなぜか止めたかった。

 

どうしても行かせてはならない気がしたからだ。どこからそんな不安が込上げてくるのかはわからなかったが、とにかく行かせたくなかったのだ。

 

「どこの病院か聞いてくる」

 

 だが、可奈はそう言って、雅代の所へと駆け出して行った。可奈の肩がアサミの手をすり抜けた。雅代の言葉に小さく頷く可奈を、アサミはただ見ていた。

 

 足取り重たそうに戻ってきた可奈が呟く。

 

「お母さんの病院だったから、何とか面会できるかもしれない」

 

「私も行く!」

 

 アサミは頭で考えるよりも先に、言葉が出ていた。









 

    









              

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