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再会



 

 

「ごめんなさいね……私はあなたのカウンセラーのはずなのに……だけど、事実を受け入れてもらう事も、大切なの……そこから一歩を踏み出して欲しいから……」

 

 私は、沙織さんの言葉に大きく首を横に振って見せた。

 

「……解ってます……私こそ、ごめんなさい……一人だけ辛い思いは嫌だって思ってた、だから、沙織さんの過去も聞きたかったのかもしれない……私なんかよりも、もっと、もっと辛……」

 

 そう言い終わらないうちに、沙織さんの温かな手が、私の両手を握りしめてくれた。

 

「私なんかよりなんて、言わないで……それに、これだけは解ってほしい……あなたは一人じゃないってこと」

 

今一度、ギュッと握りしめられた手に、優しさが伝わってきた。そして、静かに微笑むと、沙織さんは涙を拭った。

 

「私は、帰還した頃、ショックで五年間は声すら出なかった。だけど、心を閉ざした私を誰一人見捨てる事なく付き合ってくれた。一人じゃないんだって思うと、徐々に寂しさが拭われていった。だからって、起きた事故を消せる訳じゃないけど、それでも、前を向いて行きたい。だから、事故と犯罪の多発で十年前に廃止が決定して、私にもできる事をしたいと思った。そこからリハビリを経て、今に至る。声が出なかった時期は辛かった。だけど、私も救われた。だからこそ、私も、同じ辛い思いを抱えている人の傍にいたいと願ったの」

 

「沙織さん」

 

「過去へ飛ばされた時空迷子は、私たちのような意図的なものだけじゃなかったから……あなたのように単なる事故で飛ばされて、記憶まで持って帰って辛い思いをする子を助けたいって思ってる。だから、何でも話してほしい……今みたいな心の中を、ゆっくりでもいいから」

 

 優しい時間の流れが私の周りを包み込んでくれている気がした。

 

 沙織さんの手の温もりも、笑顔も、私の心を癒してくれている。

 

「何でも……」

 

 不安な声でそう聞くと、沙織さんは笑顔で返してくれる。

 

 私もいつか、こんなふうに笑える時が来るのかな。

 

 そう思いながら、ふと、考えていた。私が過去に行った頃は事故が多かったって笹崎さんも言ってた。でも、私は自分で過去にはいっていない……だったら、どうして、どんな状況で過去に飛ばされたんだろう。

 

 父親である隆哉と離れた理由……そう言う事も聞いていいのかな……解るのかな……。

 

「そうね、例えば」

 

 そんな不安げな表情を見せていたからか、沙織さんは本当に、私の考えている事が手に取るように解っているみたいだった。

 

「あなたが飛ばされたのは一歳頃よね……」

 

「確か、笹崎さんもそう言ってました。でも、一歳の私がいったいどうやって……」

 

 そう、そんな小さかった私が、どうして過去に……。

 

「笹崎さんは単なる事故にして触れなかったけど、やっぱり真実は知っておくべきかもしれない」

 

「真実、ですか」

 

「あの頃マシンは特定の場所以外には置いてなかった。考古学なんかを学ぶための大学や研究所に、それから病院にも置いてあったし、彼の父親のいた最大規模の博物館、勿論政府機関にも……だけどそれらは熟知した科学者や管理官の元で保管されていた。だから一般には馴染みなんか無かった」

 

「だったらどうして、そんなに事故が……」

 

「そうね、例えばどこからか機密が漏れて過去の改ざんを企んだ組織が、システムをハッキングして、マシンもどきを作った人間もいた。だから完全じゃない物もあったはずだし、後は、杜撰な管理とか? 富に目が眩んだ人とか……今から考えれば浅はかな機械だと思うわ……」

 

「そんな……でも、私はどうして……」

 

「あなたのお父さん、有馬隆哉は医者だった」

 

「え? 医者?」

 

 私は、その言葉を聞いてかなり驚いた。

 

 隆哉は天文学の道に進みたいと言っていた。なのに、どこでどうやって医者になったの?

 

「聞いた話だけど彼は昔、大病を患ったみたいでね、完治した彼は医者の道を選んだそうよ」

 

「隆哉が、大病? そんな話は聞いた事ない……あ、でも、私に出会う前とか……ううん、でも、私と出会ってた頃には、もう」

 

「それは解らない。だけど医者だったのは事実よ」

 

 隆哉が、医者――……?

 

「有馬隆哉の勤める病院にもマシンがあって、彼は管理も任されていたはず……そこで事故は起きた」

 

「……でも、一歳の私が……?」

 

そんな疑問を投げかけた途端、沙織さんは小さくため息をつき、躊躇いがちに「あなたは誘拐されたの」と、言った。

 

え、誘拐?」

 

「そう……富に目が眩んだ人もいたって言ったでしょ。過去で何かしら企んでいたのよ。だけど、マシンの存在は知っていても管理された場所への侵入は困難……だから、あなたを使って管理室に案内させたらしいわ」

 

「そこで、私は……」

 

 沙織さんが、心持ち重い表情で頷いた。

 

「使い方も知らない犯人がスイッチを押した」

 

「そんな……」

 

「同じく帰還設定する術も知らなかったから、転送されてすぐさま有馬隆哉はその処置をしたはず。だけど、帰ってきたのは犯人だけだった」

 

「私だけ……帰ってこれなかったの?」

 

「ええ、たぶん、犯人は途中であなたを離したのよ」

 

「離した?」

 

「私の場合、彼とは怖くて離れなかったから同じ時代に辿り付けたけど、その犯人は用済みになったあなたの手を離したのね……だから、あなただけ行くはずだった時代とは全く別の場所に落とされたのよ」

 

 私だけ別の場所……それが、隆哉のいる時代だった。

 

「どこに行ったかもわからないあなたを探すのは、一番困難だったはず。だから最後の時空迷子となった……でも、未来があなたを見つけて、転送されてくる事を知った。だけど……」

 

 間に合わなかったんだ……私が帰ってくる日には、もう、隆哉は――……。

 

「残念だけど……」

 

 そう言って、沙織さんは瞳に悲しい色を浮かべた。

 

 そのまま、私は項垂れてしまった。もう、全てを変える事は出来ない、そう言われているようで心が沈んでいく。

 

「……会い、たい……」

 

 叶わない事だと解っているのに、つい、口を突いて出てしまう。会えないのは、十分に理解できたはずなのに、会いたいと願ってしまう。

 

 すると、沙織さんが、すっと横に座り、私を包み込むように抱きしめてくれた。

 

「思い出だけで乗り切れる問題じゃないと思う。だけど……」

 

 そう言いながら、沙織さんの視線は、私が過去から持ってきた本とピアスに向けられた。同じく、私もそれらを見つめてしまう。

 

 隆哉との思い出のある物。隆哉と過ごして、気持ちが通じ合えた事実。それは決して消えないって信じてる。私が記憶を持って帰ってきた事が、忘れるなって隆哉に言われている気がする。

 

「あの本に……」

 

 沙織さんが呟いた。

 

「あの写真集は、有馬隆哉のものなんでしょ?」

 

 私は頷いて「借りたものです」と言った。

 

「あれにメモが挟まっていたんだけど……あなたの書いたもの?」

 

「……いえ」

 

 そう言いながら、私は思い起こすように記憶をたどってみた。確かにメモはあったかもしれない。だけど、気に留める事なんかなかった。

 

 いろんな星座の名前の横に、数字が書き込まれていたはず。

 

「たぶん、流星群のメモだと思います」

 

 私は小さな声でそう言った。だけど、沙織さんの表情は晴れない様子で……。

 

「でも、確か最初に2026年ってあったはず……」

 

「え?」

 

「あ、ごめんなさい……挟まっていただけだから見てしまったんだけど……でも、今はちょうどその年でしょ……何十年も前に今年の流星群だけを走り書きなんて、何か意味があるのかと思って」

 

「……わかりません……聞こうにも、もう、本人はいないから……」

 

 その言葉に沙織さんは慌てて、私の両肩を掴み、覗き込んできた。

 

「あ、ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

「もう、本当に私はカウンセラー失格だわ……」

 

 言いながら、沙織さんは肩を落とした。だけど、すぐさま、沙織さんは思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、今日、来てたわね」

 

 キョトンとした私に、沙織さんは言葉を繋げた。

 

 誰の事?

 

「あれを未来から回収に来るのかなって言ってたでしょ? 一時間ほど前にね、その未来から使いの者だって言って男の人が転送室に現れたの。先生が対応してたんだけど、もう帰ったかな」

 

 きっと、話題を変えようとしてくれたのかもしれない。だけど、私はその『使いの者』と聞いて思い当った。違うかもしれない、でも、そうかもしれない。

 

 もしかして、私を迎えに来てた、彼なんじゃないかって思った。

 

「今も……そこにその人はいますか?」

 

「え、わ、解らないけど……でも、どうして」

 

「会いたいんです」

 

「え? 会ってどうするの? 彼はこの時代の人じゃないし、何も関係ないんじゃ」

 

「でも、会いたいんです……ちゃんと、私の知っている人かどうか確かめたい……もし、彼なら、なんとなく諦めも付くかな、って」

 

「諦め?」

 

 そう言った手前、何を諦めるのかなんか解りもしない。でも、彼がちゃんと存在してるって事は、未来の私は……きっと乗り越えてるはずなんだもん。

 

「行ってもいいですか?」

 

 私は沙織さんの返事を聞く間もなく立ち上がり、ドアへと走った。

 

「あ、でも、もう帰ったかも」

 

 その言葉を背中に受けながら、私は白い壁に囲まれた廊下をまっすぐに走った。

 

 未来の私はどんな風なの? 一番、近くにいるはずの人だもん、少しくらい話が聞けるかもしれないじゃない……でも、会ったらなんて言うか解らない。

 

 もしかしたら、隆哉がいなくなることを知ってたかを聞きたいのかもしれない。でも知ってどうする? 責めるの? それで気持ちは晴れる?

 

 解らないよ、だけど、未来の自分の姿を聞きたいのか、それとも、ただ会いたいのかも解らない。

 

 自分でもどうしてこんなに走っているのかさえ、解らない。

 

 だけど――……だけど……会いたいって思うのは確かだ。

 

「あ、すみません、転送室ってどこですか?」

 

 私は廊下ですれ違った白衣を着た男の人に聞いた。

 

「あ、ここをまっすぐに行って、左にまが……」

 

「ありがとうございます!」

 

 頭を深く下げて、私は再び走りだす。左に曲がると、あの広いテラスが見えた。

 

 ここはさっきの場所だ……ここで、私は恭に――……会ったんだっけ。

 

 そう考えるのも束の間、私は、ただひたすら、見覚えのある廊下を走り転送室を目指した。

 

 目の前にドアが迫る。私は息を切らしたまま、そのドアを思い切り開けた。

 

「あの!」

 

 目の前には、きょとんとした顔が二つ。

 

「……あ」

 

 やっぱり彼だった……私を迎えに来た、未来人。

 

 そして、彼は、きっと私の――……。

 

「かぐやさん」

 

 そして、その横では、秋路が驚きを隠せない様子で私を見つめている。

 

「どうして……ここに……」

 

「未来のあなたに、会いに来たの」

 

 大きく肩で息をしながら、私は二人が立つ場所へと足を向けた。そして、二人を見上げる。

 

「あ、いや、でも……その」

 

「彼は、マシンの転送システムを取りに来ただけだ。お前に会いに来た訳じゃない」

 

 しどろもどろになる彼をかばうように、秋路が答えた。そう言われて、未来人の手元を見ると、小さな物が握られている。

 

「それが?」

 

 未来人は「あ、ええ」と言って、それを目の前に翳して見せた。

 

「こんなものがあるから、みんなの人生が狂ってしまうんです。だから、これはもう未来へ持ち帰って処分する事になります」

 

 正直、随分小さなものなんだと思った。1p角にも満たない、小さなキューブ状の黒い物体。

 

「この中に、ありとあらゆるシステムが詰まってるんです」

 

「そう、なんだ……」

 

「はい」

 

「もう良いだろう、部屋に戻りなさい」

 

 秋路が眉根を寄せ、ため息を吐く。それを横目に、私は未来人を見据えた。

 

「隆哉が、いないの」

 

「え?」

 

「この時代に、隆哉はいなかったの……知ってた?」

 

 その質問に、未来人の瞳が曇った。

 

「いえ、知りませんでした……でも、さっき聞きました」

 

「なにを言うのかと思えば……勝手に部屋を抜け出してきたんだろ、早く戻って安静にしてろ」

 

 怒ったように秋路が口をはさんできた。

 

「でも」

 

「でもじゃない」

 

 言いながら、秋路は手元のバインダーに目をやり、私から目をそむけた。

 

 そして「時間だ」と呟く。

 

「え、時間?」

 

 見れば、未来人の足元がどんどん透明になっていった。これは、私がここに帰ってくる時に体験したのと似てる。って事は、もう、未来人も元の時代に?

 

「待って!」

 

 私は、思わず未来人の袖を掴もうと手を差し伸べた。だけど、その腕を秋路に止められてしまった。

 

「離して!」

 

「ダメだ、今掴んだら、お前まで、今度は未来に行っちまうだろ!」

 

「……でも、まだ」

 

「それだけは絶対にさせない!」

 

 力強く秋路が言った。私は、それ以上、その腕を振り解く事が出来ずに、消えていく未来人を見つめるしか出来なかった。

 

 いっぱい聞きたい事あったはずなのに、もっと、いっぱい喋りたかったのに……私は唇をギュッと噛みしめた。

 

 そして、無意識のうちに叫んでいた。

 

 

 

「私は! 未来の私は……幸せですか?!」

 

 

 

涙声で、そう、いつの間にか叫んでたんだ。

 

 

 

 悲しい表情を見せた未来人が、少し笑った気がした。

 

 すると、彼は「――……一つだけ」と、今にも消えそうな瞬間に、呟いた。

 

「おい、何をっ!」

 

 今度は、秋路の方が慌てた様子だった。

 

「一つって何?!」 

 

 私たちの周りが、柔らかな風に包み込まれていく。その渦の中、未来の彼が、最後に残した言葉――……。

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

『あなたは、有馬隆哉には会っていない』

 

 

 

 

 

 

 私の耳の奥に意味深な言葉を残して、彼は消えた。

 

 思い切り目を見開いたまま、動く事も出来ない私を、まだ、秋路は支えるように抱きしめてくれている。

 

 

 しん、と静まり返った部屋の中に、私と秋路の息遣いだけが響いているようだった。

 

 

 

 何? どういう事?

 

 

 

 私が、隆哉に会っていないって……意味が解らない。

 

 

 



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