アクセス解析



突然過ぎる訪問者





 

 今日も何も話せないまま、いい訳なんかする気ない、でも、このまま離れるのはいやだ。せめて、明日……隆哉と仲直りくらいはしたい。

 

「隆哉も帰っちゃったし、つまんないな。かぐや、あたしたちも帰ろうか」

 

 恭が言った。

 

「うん」

 

 何気ない言葉が、今の私には痛い……隆哉と居られる時間が少ないのに、恭は、これからもずっと一緒に居られるのに……。

 

 やだ、なんか考え方がひねてきたみたい。

 

 こんなんじゃ、ちゃんと隆哉と向き合えない……きっと、嫌みを言ってしまうかもしれない。そんなのは望んでない。出来れば、高校が違っても、今までみたいに会いたい。

 

 会って、一緒に星の話をしながら……しながら……。

 

「かぐや」

 

 恭の声にハッとした。

 

「な、なに?」

 

「なにじゃないわよ、ぼうっとしちゃって……あたしはこっちだから」

 

 そう言って、恭は駅への別れ道を指差す。

 

 私は、校区内だから徒歩通だ。

 

「あ、そっか、ごめん、じゃ」

 

「うん、じゃ、また明日ね」

 

「うん、明日……」

 

 にこやかに手を振る恭を、素直に見つめる事が出来ないまま、最近ではその視線を逸らしてしまう。きっと、恭も気付いているかもしれない。

 

「かぐや」

 

 ふいに呼ばれて、振り向いた。

 

 さっきまで笑ってた恭が、今度は真剣な眼差しで私を見つめている。

 

「なに?」 

 

「あたしさ、明日、隆哉に告白する」

 

 え?

 

「いいよね?」

 

 何の確認? 私が、隆哉を好きだって、やっぱり恭は知ってるの?

 

「な、何よいきなり……」

 

「いきなりじゃないよ、あたしはずっと隆哉が好きだって言ってたじゃない、だから」

 

 だから、なに? 

 

 同じ高校へ行くのに……私よりも、いつも隆哉に近いくせに……。

 

 明日……隆哉との時間を作りたかった私にとって、きつい一言だった。そんな事を思っていたら、気になって話なんかまともにできる訳がない。

 

 恭の気持ちに、なんて答えるんだろう、なんて答えたんだろう……きっとそんな事ばかり思ってしまう気がする。でも、私に止める権利はない。

 

「いいよね、かぐや」

 

自分が言う勇気もないくせに、恭に「やめて」なんて言える訳がない。

 

「いいんじゃない? 恭の好きにしなよ、もう決めたんでしょ」

 

 少し冷たい言い方だったかもしれない。でも、私は恭の返事を聞くまえに踵を返して歩き出した。

 

 たぶん、恭は、まだ私の背中を見つめている。だけど、振り返る勇気もない。どうして、他の話なら普通に出来るのに、隆哉への気持ちは言えないんだろう。もしかしたら、言ってしまえば恭だって、いい顔はしないだろうけど、わかってくれるかもしれないのに。

 

 なんでだろう……二年も黙っていた後ろめたさ? でも、後ろめたさなら、今の恭にもあるはず。だって、私に黙って隆哉と同じ高校を受けたんだから。あ、でも恭は私の気持ち知らないんだっけ……責める権利もないのか、私には……。

 

 でも、今さら私の気持ちを恭に言ってしまったら、友達でいられなくなるかもしれない。

 

 恭は、そういうところはばっさりと切るタイプだから、高校が違えばきっと私なんか、会ってもくれないはずだ。

 

 そういえば前に、同じクラスのマナが、今の私と同じ状況だった。マナの友達が好きだと言っている男の子を、やっぱりマナも好きで、ずっと言えなかった。だけど、いつの間にかマナは、好きだった男の子と付き合い始めた。勿論友達は怒って、今じゃもう友達じゃない。その事を知った恭は、やっぱりマナを責めてたっけ。

 

 自分の気持ちもはっきり言わなかったくせに、友達を裏切る事をしたマナを許せないって。でも、私にはマナの気持ちがわかる。怖いんだよ、友達を失うのが……でも、マナは結果的に、言わなくても友達を失ってしまったけど。

 

 こういう時はどうすればいいのかさえわからない。他の友達に相談しても、もし、恭の耳に入ったらと思うと怖くて言えない。私に言われるより、他から聞くなんて残酷だって事くらいわかるもん。

 

 私の気持ちを……隆哉を好きだって気持ちを恭に言ってしまえばいいのかもしれない。どうせ高校も違うんだし、嫌な時は顔を合わせなくても済む。

 

 なのに、そう思っても言えない。

 

 私の中で、恭を失いたくない思いがある。隆哉は好き、だけど、恭の事も好きなんだもん。

 

 どっちも失いたくないって、我がままになるのかな。

 

 そんな事を考えながら家路へと急いでいた時だ。角を曲がれば直ぐ先は家だという所で駆け出したのがまずかった。急に暗くなった視界に、ドスンッと言う鈍い音に痛みが遅れてやってきて驚いた。そのまま尻もちをつき、赤くなった鼻先を撫でる。

 

「いったぁ〜いっ!」 

 

「あ、すみません」

 

 そう言いながら、視界に入ったしなやかな指先を見上げた。夕日を背にした顔は見え難くかったけど、男の人だという事は解った。

 

 私は自己嫌悪する程にドジで、それは隆哉に指摘され続けた事で自覚している。そのまま目の前に差し出された指先を掴んで立ち上がり、スカートの裾を払った。

 

「こちらこそすみませんでした。ありがとうございます」

 

 深々と下げた頭上から戸惑いの声が落ちる。

 

「あ、かぐやさん……です、よね?」

 

 見れば、隆哉ほどではないけど、長身でなかなか格好良い男の人だった。年の頃は三つ四つ上って感じかな。耳に被さる髪の隙間からキラリとピアスが光って見えた。

 

でも、見覚えがない――……誰?

 

私はこの人を知らない。名前を呼ばれた事が不思議で仕方がない。

 

あ、お父さんの会社の人で、もしかしたら家に来た事があるのかもしれない。ん、でもそんなに会社の人を呼んだ事ないと思うけど……それより、こんなに格好いい人だったら覚えていてもいいはずだよな……全然わからない。思い出せない。

 

 そのまま声も出せずポカンと口を開けたままの私を見て、彼はにっこりと優しい微笑みを向けてきた。

 

「あの、お父さんの会社の人……」

 

 そう言いかけている途中にも、彼は首を横に振った。

 

 あ、違うのか……じゃぁどこで……。

 

「あの……私の事、どこで?」

 

 言いながら同時に記憶の糸を辿るが、目の前の人を何も思い出せないまま戸惑いが増すばかりだった。

 

 それに、彼は微笑んだまま、返事をしようともしない。

 

「あの……もしも〜し……」

 

 私を真っ直ぐに見詰める彼の瞳の前に掌を左右に振る。その視線が切なく感じたのは気のせいだろうか。

 

「時間がないので率直に言います。僕は、あなたを探しに未来から来ました」

 

「はい?」

 

 私の耳が壊れたのかと思った。







  back  top  next 


                 

メッセージも励みにして頑張ります!! 

inserted by FC2 system