〜 vol : 4




 私もまた、老舗の和菓子屋「浜村(はまむら)」の一人娘として生まれ、後継ぎとして幸造は異常なほどの愛と期待を同時にかけていた。

 なぜなら、母、志麻子(しまこ)は私を生んだ後すぐに子宮を患い、次こそは男の子をと望んだ幸造の思いが、夢のまた夢になったからだ。

 全ての愛情が注がれた私が六歳の頃、家のお手伝いとして住込みの女の人が子供を連れてやってきた。

 蒸し暑い日だった。

 玄関先で私は母の真似をして打ち水をしていた。と、突然小さな背の私を覆い隠すように目の前に人影がかかり、驚いて咄嗟に母の後ろに隠れた。

 そして、恐々ながらそっと母の裾から、誰が来たのかとその人影を見上げた。そこには、優しく微笑みかけてくれている女の人が一人。長い髪を後ろ一つに縛り、色白で栗色の瞳が印象的で、美人の部類に入るだろう。

 シワの寄った白いブラウスに膝下の紺スカート。顔に似合わず地味で控えめな身なりで、少し大きめのボストンバックを片手に持ち、その人は母の目の前に立っていた。

「荒川則子(あらかわのりこ)と申します。広瀬さんの紹介で来ました」

 則子は深く頭を下げながらも、その後ろに隠れる子供を前に押し出した。

「こっちは息子の義孝です。ほらっ、あんたも挨拶しなさい」

 則子に促されるまま、その後ろから顔を出した義孝も軽く会釈した。

「……こんにちは」

 義孝は硬い面持ちで頭を下げたが、その視線はジッと私を見つめていた。

 その目は、母親似で綺麗な栗色だったが、私は初めて見る野生のような強さを秘めた眼差しに怯えていたと思う。日に焼けた肌は色黒で子供にしては凛々しい眉、一文字に引き締めた薄い唇、思わず私はまた母の後ろに隠れた。

「こんにちは、息子さんいくつ?」

 母が笑顔で会話を繋げる。

「八歳になります」

 則子がはにかみながら答えると母は「じゃあウチの紫音とは二つ違いだわね……いい遊び相手になるじゃない、よろしくね」と言って笑った。

 私は遊び相手と聞いて母の後ろからほんの少し顔を出し、義孝の上から下を舐めるように見た。すると、義孝は先ほどの硬い顔ではなく、優しい笑顔を私に向けていた。

 その表情に私はすぐさま親しみを覚え、優しいお兄ちゃんなのだと幼い心には印象づいた。けれど、消極的な性格だった私はすぐには打ち解けることが出来ないでいた。

 母は後ろにくっ付く私を離れさせると玄関に入り靴を脱ぎ、則子と義孝を家の中へと迎え入れた。離れていなさいと言われたものの、お茶を入れている母の服の裾を掴んだまま離さずに私はついて回った。

「ちょっと紫音、離れてくれない? 邪魔なんだけど……」

 と、何度も母に言われながらも恥かしさから離れられずにいたが、そんな思いとは裏腹に視線だけはずっと義孝に向けていた。それに気付いていた義孝も私から常に視線を外さなかった。

 二人はお互いの母にくっ付きながらも、ずっと見詰め合っていたのだ。正直、学校とは違う環境で身近に男の子がいる事に私は興味津々だったのかもしれない。

 居間に通された則子はテーブルの端に少し遠慮しがちに座り、その横に義孝も座らせた。

 則子にはお茶を、義孝にはオレンジジュースを運びテーブルに並べた母は、会釈する則子と向かい合って座ると、何やら今後の事について話し始める。

「それで、すぐにでも来れますか?」

「はい、そのつもりで紹介していただきましたから」

「そうですか、本当に助かるわ。前の人が突然辞めたものだから困っちゃって」

 私は母の横に、義孝と向かい合うような形で座っていた。勿論、幼い私が大人の話をわかるはずもなかった。だから、私の神経は目だけに集中していただろう。母同士が話をしている横でしかめっ面を引っ下げ見詰め合っているだけの二人は異様な光景に見えたかもしれない。








    







                

メッセージも励みにして頑張ります!!  inserted by FC2 system