〜 vol : 5




 暫らくして話の終った母は、則子達親子が使う部屋へと案内した。則子と義孝の住む部屋は家の裏庭にある六畳二間続きの離れ座敷。

 皆が立ち上がった後も私はその場に座ったまま、案内する母を先頭に、則子と義孝を居間から見送った。その最中も義孝は振り向き加減に私を見つめる。何だか負けてられない、と感じたのか私もジッと見つめ返したのを覚えている。

 だが、姿が見えなくなるや否や、私は大息を付くと痺れた足をテーブルの下に放り投げた。

「変な子……」

 そう呟いたけれど、向こうにして見れば私も変な子に映っていたのかもしれない。そう思った。



     ◇



 私は義孝が来て以来いつも気になって仕方がなかった。

 暫らくは会話もなく、相変わらず廊下ですれ違いざまに見詰め合うだけだった。

 いつも義孝を背後から見つめる私を、母は見かねたのか、

「そんなに気になるんだったら遊んでらっしゃいよ」

 と、口癖のように言っていた。母には、私が遊びたいと心に思っている事などお見通しだったらしい。

 義孝が来て一ヶ月、やっと意を決した私はついに義孝の住む離れに足を踏み入れた。

 少し重くなった木戸を十センチくらい覗くように開け、部屋の中を隈なく見渡す。二畳程の土間玄関に無雑作に脱がれた靴が一つ。一段上がって障子戸があり大きく開け放たれている。入ってすぐの畳部屋の真ん中に置かれた小さな円卓に、義孝はこちらに背中を向けて座っていた。

 則子は母屋で仕事をしていて居らず、そこには義孝だけが机にかじりついていた。私が入って来た事にも気付かずに、何かに一生懸命のめり込んでいるようだった。

――何してるんだろう。

 私はそう思いながらも声をかけるタイミングを失い、と言うよりも声をかけてはならない雰囲気に呑み込まれていた。

 それでも、このまま帰る気にもなれずに「お邪魔します」と小さな声で言うと、自分が通れるほどに木戸をまた少し開けた。靴を脱ぎ並べてからゆっくりと義孝の背後に近付く。

 そして、義孝の肩越しに見えた光景に思わず「わぁ」と声を上げてしまった。

 義孝は物凄く驚いた表情で振り返り私を見上げた。

「ご、ごめんなさい……私……」

 そう言いながら両手で口を塞いだ私だったが、義孝はすぐにも初めて会った時のような優しい眼差しに戻ると、僅かに微笑みながら「おいで」と横に座るよう促してくれたのだ。

「いいの?」

「いいよ」

 私は嬉しくて義孝に言われるまま横に座り訊ねた。

「すごく上手だね」

「ありがとう」

「こんなの描けるなんてすごいよ」

「そうでもないよ……」

 照れながら義孝は言った。

 そこには、画用紙いっぱいに綺麗な花が描いてあった。色などは何もなく、ただ鉛筆だけで色の強弱を見事につけた花の絵。

 まだ幼かった私だったけれど、その絵がとても才能に溢れた絵である事くらいはわかったつもりだった。

 とても八歳の子が描いたとは思えないほど素晴らしい絵だったのだ。

「絵、好きなの?」

「うん、まぁね」

「大きくなったら絵を描く人になるの?」

「うん」

「すごいね、紫音も絶対に応援するよっ」

「うん、ありがとう」

 そう言って義孝は笑ったかと思うと、また机に向かい続きを描き始める。スムーズに動く鉛筆の先がまるで生き物のように動き、そこから次々に描かれていく様は、魔法の杖のように見えた感動だった。

 私は、絵を描く義孝を横で頬杖をついて眺めながらも、彼自身にドキドキと胸は高鳴っている事にも気付いていた。

 義孝が眩しく見えた、初めての瞬間だった。








    







                

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