〜 vol : 6




 それからというもの、私は暇さえあれば離れに遊びに行っていた。

 義孝は優しくてどんな我儘を言っても怒らなかったし、面倒見の良い兄的存在で、おまけに頭も良くて運動神経も抜群だった。

 一緒に学校に行くようになってからは、勉強も見てもらい、幼いけれど家庭教師としても申し分なく、則子も働き者で良く気が利く。家事仕事以外でも店が忙しい時には十分な働き手にもなった。

 年数を重ねる毎に父や母の二人への信頼は厚くなる一方だったのだ。

 そんな中、母は暇を見付けては、私と義孝を海へ連れて行く事が増えた。

 いつも家の仕事ばかりで私をかまってやれない事を気にしての事だった。店を構える以上、何日も家を空ける訳にはいかず、旅行などは連れて行ってやれない。ならばせめて、近くでもいいから親子の触れ合いをしたかったのだろう。その日課が、いつしか二人から三人に変わったのだ。

 私が義孝に懐いている事が前提だったが、則子はいつも懸命に働いてくれているし、一人っ子の義孝にとってもいい気分転換になるだろうと母が提案しての事だった。

 その頃の私の口癖と言えば「よっちゃんのお嫁さんになる」だった。

「義孝は良い男だからなぁ」

 父はいつも目尻を下げてそう返していた。

「そうね、紫音は良いお嫁さんになるね」

 同じく納得したような母の言葉にも、私はいつも満面の笑みを零す。父も母も、幼い私の言葉だと初めは笑って聞いていたのだ。

 だが、いつしか私はその言葉を言わなくなった。

 だんだんと子供なりに親が険しい顔つきになっていくのがわかったのだ。毎日のように接している二人の前途を危惧しているのか。小学校高学年の頃には「よっちゃんの」との限定は、ほとんど口にしなくなった。

 けれど、私には心変わりなどなかった。

 心身ともに成長していくに連れ、私の想いというのは確かなものになっていったのだ。



     ◇



 成長した義孝が浜村の家から高校にも通い始めた頃、常に「将来は画家になりたい」と私にだけ心を解放してくれていた。

 アルバイトをしながら少ない小遣いを貯めては画材を買い、暇さえあれば部屋の角に置かれたキャンパスに向かっていた。

 私はそんな義孝をいつも変わらず横で眺めているのが好きだった。

 その日もまた、私は離れに身を寄せ、義孝の描く絵を眺めていた。

「高校楽しい?」

 ポツリと私は呟いた。

「うん、好きな事を勉強できるっていう点もあるし、クラスメイトも良いヤツばかりだから楽しいよ」

 義孝は前を見据えたまま答えた。けれど、私は面白くなかった。

「そう、でも周りには可愛い子もいるんでしょ? 絵を描く以外に興味持ったらどうする?」

「え?」

 私の言葉が突拍子もなかったのか、思わず義孝は手を止めた。そして、ゆっくりと私へと視線を流す。

「この前、駅前で女の子と歩いてるの見たもん」

「駅前で?」

「うん、楽しそうだった」

 義孝は考えあぐねると、思い出したように「ああ」と言い何度か頷いて見せた。

「彼女なの?」

「違うよ」

「嘘」

「嘘じゃないよ」

 義孝は言いながらいつもの優しい笑顔をつくる。

「あの子は一緒に画材を買いに行っただけ、それだけだよ」

「それだけ?」

「ああ、俺は今そういう恋愛とかに興味ないから」

 興味がないと言われ、少しばかりチクリと私の胸が軋んだ。自分から振っておいて、はっきり言われると苦しかったのだ。恋愛には興味がない……それは自分も含まれているのだと感じた。

 それでも、そんな感情はおくびには出さない。

「な〜んだ、てっきり彼女出来たと思ったのになぁ……」

 そう言ってそっぽを向く私に義孝は苦笑いを浮かべていた。

 同じ家に居ても、学校での義孝は知る事が出来ない。私にとって今一番、心が苦しい時期だった。

 中学生とは違う何かが高校生にはあると思っている。たかが一つや二つ違っただけで、大人びて見えるのが不思議なくらいだった。そして、それが不安を掻き立てるには十分な材料だった。

 義孝を取られてしまうかもしれない、そればかり考える毎日。

「私も義孝と同じ高校に行きたいなぁ」

 私は寂しげに言葉を落とした。

「ダメかな?」

 そう言いながら義孝を見流す。

「俺は別にいいけど、紫音のお父さんが許さないんじゃないか?」

「私の人生だもん! お父さんは関係ないから!」

 そう啖呵を切った私だったが、二年後の進学を決める際、工業高校のデザイン科に入りたいと願ったまでは良かったが、義孝の懸念通り速攻で却下されたのは言うまでもない。

 跡継の私にとって、そんな事は父が許してくれるはずもなかったのだ。

 やがて私は、あえ無く地元の公立高校に嫌々ながらに入る事になる。

 この時、心底自分が老舗屋の跡取りである事を煩わしく思い始めるようになった。

「仕方ないよ」

 義孝はそう言って私を慰めてくれたが、気持ちはが晴れる事はなかった。








    







                

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