〜 天使の羽根 〜     No.1



夏の残り香を交えた麗らかな朝の遊歩道に、暖かな気流を宿した風が吹き抜けていく。

街道脇を忙しなく走り去る電車の影を横目に、夏休みを終えた高校三年の高柳穂高はやる気のない足取りで歩いていた。

肩まで伸びた茶髪が、今しがた通り過ぎた風に靡きながら朝陽にキラキラと透け、煌びやかに見える。

顔半分を覆い隠すほどの前髪から覗く色素の薄い茶色の瞳は柔らかくも見えるが、誰も寄せ付けないほどの鋭さも持っている。

薄い蒼のブレザーを肩に掛け、緩めたネクタイにシャツの袖を肘まで捲り上げている格好からしても、見た目には素直な青年風には見えない。

穂高は持っていた缶コーヒーを一気に飲み干すと、反対斜線に目に付いた自販機の横にあるゴミ箱を見据え、高々と缶を放り投げた。だが、投げた缶はゴミ箱の端にはね返り、車道へと転がり落ちる。

舌打ちをしながらも、穂高はそれを直そうとはしない。

「こら――――っ! 穂高ぁっ!」 

耳の奥に響く甲高い声に、穂高の肩は一瞬ピクリと上がる。

だが、すぐにも短く溜息を落とすと、振り返りもせずまた一歩踏み出した。

しかし、グイッと引っ張られたブレザーにつられ体が後ろに引き寄せられると、
穂高は足がもつれてよろめきながら止まった。

「ちょっと! 聞いてんの穂高! あんたが投げた缶でしょ、すぐにゴミ箱に入れてきなっ!」

「んだよ……うぜぇなぁ」

嫌そうに振り向いた穂高だったが、見慣れた顔に半笑いを返した。

「笑って誤魔化そうったってダメよ。ほら、行きな!」

そう穂高の背中を突き出すように叩いて送り出したのは、隣に住むあずみ。

同級生でもあり幼馴染のあずみは、唯一、穂高が心を許す女だった。

あずみは人を表面だけで判断しないし差別もしない。悪い事は悪い、良い事は良いとはっきりとモノを言えるしっかりとした意思の持ち主だ。

それが穂高にとって煩わしい反面、他の人と区別されない心地よさを同時に感じさせる。

腰まで伸びた漆黒の髪がサラサラと風に揺れると、いつものシャンプーの匂いが鼻腔を掠める。

渋々ながらも、穂高は言われた通り車道を渡ると、缶を拾い、きちんとゴミ箱に捨てた。

「これで文句ないだろ」

「最初からちゃんと捨ててれば文句言われないのよっ!」 

あずみは悪戯っぽく舌を出すと、すぐさま穂高に駆け寄った。

セーラーの短いスカートが際どく舞いあがると穂高は目のやり場に困り反らした。

そんな穂高の視線すら気にもせず、その腕をあずみは当たり前のように捕まえ組む。

端から見れば普通に恋人同士に見える二人だろう。

「ばっ、ちょ…やめろよ、みっとも無い!」

  恥かしそうに頬を赤らめながら穂高が絡みつく腕を振り払おうとしたが、あずみはそんな態度も諸ともせず更に強く腕を組んできた。

「何よ、減るもんじゃなし、幼馴染なんだからいいでしょ」

言いながらあずみは笑った。

穂高は「ったく、しょうがねぇな」と言いながらも、満更嫌そうでもなく二人はいつもの通学路を歩き出した。



◇◆◇


同じ高校にも通う二人は、校内でも公認の中でクラスも同じだった。

教室に入るなり、穂高は平べったい鞄を机に放り出すと、すぐさま出て行くのが日課だ。

「ちょっと穂高、またサボるの?」

「関係ねぇ〜」

「うそ、ヤダ。またノート写すの面倒くさいよ」

「別に頼んでないじゃん、お前が勝手にやってるだけだろ」

「そうだけど、あんたを心配してやってるんだよ」

「心配してもらう事なんか何もねぇよ」

穂高はつんとした表情でそう言いながら、さっさと教室を後にする。

「もう、穂高のヤツ……せめて就職か進学か決めろっちゅうの」

溜息を落とすあずみに、クラスの女子が近付き、その尖った神経を宥めるように肩を叩いた。

「おはよう、あずみ」

「あ、おはよう亜紀」

「色々と大変そうだね」

「まぁね」

と言って、あずみは肩を竦めて見せた。

「でも、なんでそんなに世話焼くの? 高柳君って不良っぽいし、頭の良いあずみが相手にしてるのが不思議だよ。あずみにはあずみの勉強があるでしょ?」

あずみは少しばかりムッとした表情を見せて頬を膨らませたが、悪気があって亜紀が言っているのではないと理解しているので不快には感じていないらしい。

眉間に皺を寄せ両腕を組んだあずみは、大きなため息を吐き出した。

「放っておけないって言うのかな〜一応幼馴染だし、な〜んにも考えてない穂高の事、お母さんもこの先の事ちょっと心配してるしさ。あたしくらい穂高の事ちゃんと見ててあげないと更にグレちゃったら嫌でしょ」

そう言ってすぐあずみは笑った。

「幼馴染って大変ね。でも、みんな二人が付き合ってるって思ってるよ?」

「え〜マジで! あたしらそんな関係じゃないよ〜ただの幼馴染だって……ホント」

語尾が少し元気なく呟いたようなあずみはまた、深く溜息を落とした。

だが、端から見れば穂高の事を呆れているようにも見える仕草だった。

教室を出てすぐ、まだ廊下で佇んでいた穂高は、そんなあずみの態度に苛立ちを隠せない。

ただの幼馴染、解ってはいるが、否定もせずいざそう言われると、心の底に軋みを感じる。

穂高はそんな煮え切らない気持ちを抱えたまま、しっくりとしない複雑な感情を表すかのように足を踏み鳴らして、後味の悪さを残す教室から遠ざかった。








    
    



                

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