〜 天使の羽根 〜 No.3
穂高はあずみに言った通り教室へ戻ると、鞄を小脇に抱え早々と校門を出た。
いつもの帰り道、だが今日は生徒の喋り声もなく静かな道のりだった。
トボトボと一人歩いていた穂高の足は、無意識にも家路ではない方向へと向っている。立ち止まったそこは、先程あずみが言っていた駄菓子屋の店先。ふいに見上げた穂高は自分でも驚いた心境だった。
――世話になんかなっていない無関係のババァだと思っていたのに。
そう思うも、心のどこかでは心配する気持ちがあったらしい。
「ま、顔でも見ていくか……」
小さな溜息を吐くように言った穂高は、駄菓子屋に足を踏み入れた。
その影に気付いたのは高志だった。今では高校こそ違うが、高志はあずみと同じく幼馴染だ。
普段はド近眼でメガネをかけており、傍目には秀才っぽく映るらしいが、中身は真逆である。
仲間内では女好きで知られており、ナンパの達人とまで言われている。勿論、ナンパをする時は秀才眼鏡を外し口説くのが落すポイントだそうだ。実際、顔立ちは整っておりイケメンの部類に入るだろう。そんな高志にナンパされた相手にしてみれば、その潤んだ瞳がまたいいのだとか何とか。
それでも高志が特定の相手を選ぶ事はまずない。同じ人を二度見る事がないのだ。
高志に言わせれば「良い人がいない」らしいが、本当かどうかは、いくら仲が良いとはいえ穂高にも解らない部分だった。
そんな三人は幼い頃から暇さえあればいつも遊び、悪戯をしては高志の祖母、智子に怒られて育った。いつもならその智子が店番をしているところだが、やはりまだ仕事をするには無理だったのか、そう思う穂高は遠慮しがちに近付く。
「あれ、穂高……今日は学校休みだっけ」
言いながら穂高の格好を見て、
「違うよな、制服着てるし」
と、笑う。
「お前こそ学校休んでるじゃん」
「俺は店番」
何気に胸を張りながらの言い草に、穂高はフッと鼻で笑った。
「何言ってるんだか、お前だっていつもサボってるくせに良い格好するんじゃねぇよ。店番ってのは言い訳だろ」
見透かされたかと言わんばかりに高志は舌を出した。
「ま、いいだろ別に……」
と、高志が眼鏡のブリッジを中指でくいっと押し上げた時だ。
「いいわけないだろっ!」
突然と会話に入った怒鳴り声に二人は思わず肩を竦めた。と、同時に二人は勢い良く頭を蝿叩きで連続殴打され、爽快な音が響き渡る。
「いって〜な、何するんだよクソババァ!」
言いざま振り向いた高志の目の前に、病気のはずの智子が腰に両手を当て仁王立ちしていた。
「病気じゃねぇじゃん」
呟いた穂高の言葉に目を光らせる智子だったが、フンッと鼻を鳴らした。
「あんなもの病気のうちに入るもんか。ただの食中りだよ、食中り!」
「も、もう治ったのかよ」
「ああ治ったさ。あたしの体を舐めんじゃないよ、まだまだ逝く訳には行かないんだからね。あんた達みたいに行かなきゃいけない学校をサボってる子達がいるのに、さっさと死ねないだろ!」
智子は言いながら蝿叩きを振りまわし、二人を追い払う仕草をした。
こんなに元気でも今年で八十になる。その割には若者の言葉も通じるようで流行りなんかも取り入れる努力はしているらしかった。そこが痛いなぁと思う二人だったが。
「ま、今日はもうサボっちまったから仕方ないけど、明日はちゃんと行くんだよ! それに穂高!」
突然名指しされて驚いた穂高だったが負けじと食いかかる表情を見せた。
「何を生意気な顔してるんだい、あんたはもう少しあずみちゃんに優しくしてあげなきゃダメだよ」
「はぁっ?! 何言ってんの」
「はぁっ?! じゃないよ、昔はあんなに仲が良かったのに最近じゃまともに話すらしてあげてないんじゃないかい? ほら、もうすぐあずみちゃん誕生日だし何かプレゼントでもしたらどうだい」
「何言ってんだよ、仲良かったってガキの頃の話だろうが。しかもプレゼントって何だよ。あずみにでも頼まれたわけ?」
「そんなんじゃないよ、ただあんたはあずみちゃんが好きなくせに意地張ってるみたいだからね」
得意気にそう言った智子は流し目で穂高を見て、ふふん、と笑った。穂高は図星をさされて耳まで真っ赤になってしまっている。まだまだ子供のような反応の穂高に智子はかなりご満悦のようだ。
「ば、ばば、バッカじゃねぇのっ!」
穂高はそれ以上何も言い返せない。端で見ていた高志さえも、穂高の反応に笑いを堪えている。
「くそ、せっかく見舞いに来てやったのに胸糞悪いわっ!」
落ち着きを見せようとしながらも、声はまだ動揺を隠しきれていない。そんな態度のまま穂高は踵を返し、店先に一歩足を踏み出した。
智子は脇に立つ高志に囁く。
「高志、あんた今度、あずみちゃんのプレゼント買いに穂高に付いて行ってやりなさいよ」
その声が届いた穂高は、振り向かないままに「行かねぇよっ!」と怒声を上げた。
「あの態度で穂高は絶対行かないって」
高志は呆れて言った。だが、智子の態度はやけに自信に満ちている。
「絶対に行くよ。ばあちゃんが保証する」
そんな智子を横目に、高志は深い溜息を落とす。だが、智子の顔は優しく微笑み、去っていく穂高の後姿を追っていた。
励みにして頑張ります!!