〜 AVENGE 〜 プロローグ
午後一時。
真っ昼間だというのに、外の眩しい太陽の光も届かなくなっている暗い部屋の中。その片隅で震える少女が一人いた。
両手で耳を強く塞ぎ、床に顔を捻じ伏せ、何かに怯えながら体を小さく丸めたまま、
「……イヤ……誰か助けて……」
そう呟きを繰り返している。
部屋の入り口には、誰の侵入も許さないほどに、ありとあらゆる部屋中の家具が山積みにされていた。
一つしかない窓には、ガムテープが隙間なく張り巡らされている。更に、分厚いカーテンも閉じられたままだ。
と、その時、携帯電話のバイブが、静まり返った空間に不気味に動き始めた。
瞬間、少女の強張らせた肩はピクリと反応し、息を荒々しく吐き出すと、激しく身体を震えさせる。恐る恐る乱れた長い髪の隙間から、瞳孔の開ききった眼光が携帯を見つめた。
「……そんなはずない……うそ……」
今も尚、振え続ける携帯に、少女の細い声が誰にともなく問い掛けた。
それは、何度も壁にぶつけ、壊したはずの携帯だったからだ。側には確かに携帯のバッテリーが無雑作に転がっている。
鳴るはずのない音に、受信光。
「うそよっ!!」
とっさに少女は慄き、飛びあがると、手足で這うように携帯に近付く。そして、ゆっくりと携帯を手に取った。だが、その手に握られた携帯のバイブの震えが、持つ手や体に伝わらないうちに、何度も何度も携帯を床に叩きつけた。
何度も何度も、何度も。
それでも動き止まぬ携帯に、少女の恐怖は脳天まで達したようで、打ち震える鼓動が今にも止まりそうなほどけたたましく発狂した。
「いやぁ―――――――っ!」
少女は山積みになっている家具の元へ急ぎ、引っ掻き回して何かを探す。
凄まじい恐怖に震える声で「た、助けて……助けて……誰かっ……!」そう繰り返しながら、暗闇に振りまわされている手に、少女は何かを掴んだ。
テニスラケットだった。
少女は勢いよく振り向きざま、思いきりそれを携帯に振り下ろした。手に流れ込む金属の破壊される感触に背筋を凍らせ、止めることなく力の限り床もろ共叩き続ける。やがて、ラケットを持つ手には血が滲みはじめていた。
見るも無残に携帯は原型をとどめないほどに破壊され、その振動が止まる。
息も切れ切れ、大きく肩を揺らしながら「やっと終った」と少女が呟いた瞬間だ。背後で『ブウン』という機械音に、また体は凍りつく事になった。
背後から放たれた光が反射して、少女の影が大きく揺らぐ壁を見つめた。
「……どう、して……?」
少女は震えた声でそう呟くと、あまりの恐怖に、涙が止まらなくなっていた。
ゆっくりと少女は振り向いた。だが、その目に飛び込んだ現実に、少女の唇はわななく。コンセントが抜けているパソコンが起動しているからだ。
「う、そ」
そして、画面に浮かび上がった文字に、少女の正気が失われていく。不気味なまでに青白く少女を照らす。やがて、キーはひとりでに沈み始め、文字が打ち出されていった。
『今から行くよ。迎えに行くよ。今から行くよ。迎えに行くよ。今から行くよ。迎えに行くよ…………』
異様な音を立てながら、いつまでも繰り返される文字。
次第にパソコンは、重い本体をガタガタと揺らした。まるで生きているかのように、徐々に少女に近付きながら、更に振動は勢いを増す。そして、今度は激しく部屋全体が揺らぎ始めた。
「いや―――――――――っ!」
少女は、狂ったように頭を掻き毟り、悲鳴をあげた。
刹那。
パソコンの画面は、目を開けていられないほどの光を放ち、暗い部屋を一瞬で白くかき消した。
音もなく、稲妻が迸った中心から、徐々に光は弱くなり、元の暗い部屋に戻っていく。しかし、その部屋はもう、少女の影を映し出す事はなくなっていた。