〜 ガキの頃から 〜 



 

結局、ウチの学校の三年生は全敗、県大会に行けるのは、寺倉先輩と平塚先輩のミックスのみだった。これで三年は全員引退が決まり、正式に二年に引き継がれることになる。

 

 そして、今は期末が近いので、終わるまでは部活が休部。だから今日の放課後は、練習ではなく、三年引退と一年歓迎の為の親睦会なるものがある訳なんだが……。

 

 何だか気が重い……。

 

 予選後、陽とは一言も口を聞いていない。いつも隣の席に居るのに、遠い気がする。ストレート負けで落ち込んでんのは分かるけど、でも、なんて声をかけていいかもわからないんだ。

 

 陽の腕には、固定用のサポーターがはめられている……骨折ではなかったらしいけど、骨にヒビが入っているとか何とか……要安静には変わりない。

 

それもこれも、俺のせいなんだよな……俺の。

 

「アキ、女子は次、家庭科で移動だよ、行こう」

 

 そう京子に言われ、俺は席を立った。京子の視線が、陽の腕に落ちる。

 

「江口君、大丈夫? 腕……」

 

 その声に陽が少し、京子に視線を見向けた。

 

「……あ、ああ」

 

 それから、俺に視線を向けてくる。

 

俺だって心配してるよ、なんで俺を見るんだ……なんて言っていいか、わか……。

 

そう思っている間にも、陽が俺から視線を外す。

 

 なんだよ……なんか、無視された気分だ。しかも「お前のせいだ」って言われてるみたいで……胸が、痛い……。

 

 人の怪我心配する前に、自分だって怪我隠してたくせに。本当は文句の一つでも言ってやりたいけど、予選の事を思うと、やっぱり言えない。

 

 あれから亜美も大人しい。あまり陽に付き纏わなくなった気がする。その変化が何を意味するのか、俺には到底分らない。

 

 そのまま、教室を移動して、俺は家庭室に入る。

 

 はっきり言って俺は家庭科が好きじゃない。出来る事なら、男子と一緒に運動の授業を受けたいと思ってるくらいだ。

 

 女子が家庭科の時間は、男子は運動。俺はそっちの方が良かったのに、こんな時、女は嫌だなって思うんだけど。

 

 でも、女じゃなかったら、陽を好きでいられないんだよな。

 

「京子、お前は家庭的っぽいよな」

 

 そう言うと、京子がはにかんだ。

 

「え〜? そんな事ないよ……私、あんまり料理とか得意じゃないもの、家庭的じゃないと思う」

 

「そうなのか? 家庭科全般、得意な感じするけど」

 

「見えるだけよ〜、でも今日は裁縫でしょ、ハサミとか使うのは得意だけど」

 

「なんだそれ」

 

「アキはどうなの?」

 

「ん〜あ〜……俺か……ま、この通り言葉使いもなってねぇし、女がする事ほとんど好きじゃないかも」

 

「え〜、じゃあ家の手伝いとかはない?」

 

「ないな」

 

 俺が自慢げに言ったら、京子が笑った。でも全然嫌みじゃない。

 

言われてみれば、俺は家の事なんか何もできない……いつも親父任せで何もしない。

 

 でも、俺も一応女なんだし、何か出来なきゃダメなのかな。陽も、やっぱりちゃんと女の子してるのが好きだよな。

 

 そう思ったら、少しやる気が湧いてきた。まさに単細胞って俺の為にある言葉だと思う。

 

 あ、でも、陽にはもう亜美がいるんだっけか……ああ、くそ、そう思ったら早くもテンションダウンだよ。

 

 陽の為に、何もかも女の子みたいになりたいと思った。でも、限界があって、身に付いたものはなかなか直らなくて……でも、気持ちはまだ、冷めてなくて。

 

 俺はいったいどうすればいいんだろう。

 

「それではみなさん、型紙の用意は出来ましたか〜」

 

 家庭科の先生が、教壇の前で叫んだ。

 

「ここに布を宛がって、裁断してください、それから……」

 

 今日の家庭科はエプロン作りだ。

 

「なんで高校生にもなってエプロン作りなんだよ」

 

 俺の零した小さな言葉を、京子が拾う。

 

「今日作るエプロン使って、二学期から調理実習するみたいだよ」

 

「へぇ」

 

調理実習か……またそれは俺の不得意な分野だ……でも、そうだな、俺もそろそろ親父にばかり頼ってちゃダメなんだよな。このエプロンでも使って、少しは親父の手伝いでもしてやるか。

 

 もう、亜美には敵わないけど、それでも俺が女の子みたいになろうって機会を陽が作ってくれたんだ。せめて、これからは親父の為だって思えば良いかもしれない。

 

一気に女の子みたいになろうと思わなくてもいい。

 

 そうだ、少しずつでいいんだ……俺の出来る事から……少しずつ。

 

 だからって、もう陽が俺を見てくれる事はもうないけどさ、そう思うと何だか寂しい気もするけど……いいんだ。

 

 これでいいんだ、今度は親父の為に、俺は女らしくなってやるさ。

 

「あ、アキ、ここは、この線にそって切るのよ」

 

「え、そうなのか? ここじゃなくて?」

 

「違う違う、こっちの線を切るの」

 

 もたもただな、俺。

 

 みんなはもう既に針を使ってるってのに、俺はまだ型紙を切ってるなんて……不器用極まりねぇ。

 

「そうそう、その調子」

 

 京子に教えてもらいながら、俺は何とか型紙を切ってるってとこ。マジでイライラする作業……こんなんじゃ普通に何でも出来る女の子に近付くなんて無理。

 

 そう思ってた時だった。

 

 ざっくりとした大きな音が耳元に響いた。

 

 嫌な音。

 

「あっ!」

 

 京子の、悲鳴に似た声が重なる。

 

 

 

 

不快な……――音――……。

 

 

 

 

 一瞬、何が切られたかなんて想像できないくらいだった。でも、それを把握するのに時間はかからなかった。

 

 手元に、ばらばらと散らばる髪。

 

 俺の……髪だ。

 

 目の前には、顔面蒼白状態の京子が、俺の肩越しに後ろを見据えている。

 

「誰だっ!!」

 

 俺が思わず振り向くと、そこにはハサミを握ったままの亜美がいた。

 

「おま! ……なにすんだよ」

 

 そのまま、亜美の持つハサミを握り、取り上げた。

 

「あ、ごめ……手が滑って……」

 

 手が滑っただぁ――――――っっ?

 

 そんな事あるのかっ?!

 

「思わず手が滑って人の髪をざっくりと切る事なんかあるのか――――っ!!」

 

「いや、だから、ごめんって」

 

 絶対にねぇぞ! しかもなんだ、その謝り方はっ!

 

 ゆっくりと俺は、切られたであろう髪に指先を伸ばした。右側の、後ろが……ない。背中まで伸びていたはずの髪が、今は肩先……。

 

 俺の手が、わなわなと震える。

 

 教室全体がざわめき、先生が駆け寄ってくる。

 

「どうしました?」

 

 先生も、俺の髪を見るなり驚いている。いやいや、俺が一番驚いてるよ!

 

「木下さん!」

 

 次には怒声。

 

「どうしてこんな事したの?!」

 

 先生の言葉が、亜美を責める。

 

亜美の顔色がどんどん悪くなっていく。終いには体が震え出す。

 

 本当に悪い事をしたと思っていると感じる。なんで、こんな事したのか見当もつかねぇ、でも、何か不安を抱えているんだと思える。

 

 なんの? だって亜美は陽を手に入れてる。俺には手の届かない存在に、守られている。なのに……――。

 

その時、俺は冷静に陽とのキスを思い出していた……。

 

 もしかして、見てた……とか? それとも、陽にその事を暴露されて謝られたとか?

 

 だから、こんなに震えるほど……俺の……髪を切るほど……。

 

 そう言えば、前に言われたっけ。

 

 

 

『陽ばっかり見てんじゃないわよ』

 

 

 

 なんか――……俺の怒りもどんどん冷めていく感じ。

 

 どっちにしても、俺が悪い事をしたみたいだ。亜美にとって、俺は邪魔な存在でしかないのかもしれない。

 

「あなた少し間違えれば、加藤さんの体に傷をっ……」」

 

 俺は、尋問のように亜美を責める先生の肩を掴み、止めた。

 

 先生が俺に、振り向く。

 

なんか……俺。

 

「いや、先生……何でもないです」

 

 気がつくと、そう言ってしまっていた。

 

「何でもない訳……」

 

「本当に!」

 

 そう言って、俺は笑顔を零す。

 

「何でもないんです、俺の不注意で、亜美がハサミ持ってるの気がつかなくて、話し掛けちゃって……」

 

 なんか、苦しい言い訳になってるって分かるけど……でも、亜美を責める気にはなれなかった。

 

「でも、もう切ろうと思ってたとこだったし、ちょうど良いって言うか……」

 

 俺がそう言うもんだから、先生も納得はしなかったみたいだけど、面倒な事になるのを避けたいのか、すんなり引き下がった。

 

 これからは気をつけなさい、それだけ言って不満ながらもこの場を去っていく。

 

結局は揉め事には巻き込まれたくないだけなんだろうけど、そんな単純な先生でよかったと思う。

 

 でも、俺の心は既に泣きそう……。

 

 陽に、女だって認めてもらうために伸ばしてた髪を、亜美が切った。陽の彼女である亜美が……これはもう、諦めろという警告なんだと思った。

 

「亜美、悪ぃな……」

 

「え?」

 

 悪い……何もかも含めて……そこまで追い詰めたような感じとか……陽をいつも見てて、不安にさせた事とか……?

 

「いや、なんか……俺のせいで、なんか」

 

 謝る俺を見て、今度は亜美が泣きそうになってやがる。

 

「……そんな……別に」

 

 そう言って亜美はそっぽを向き、自分の席へと戻っていった。

 

 俺が、陽を――……諦めなきゃならない心の区切り。

 

 そう思ったら、悲しくて涙出そうだったけど、ここで泣く訳にはいかない。

 

「先生!」

 

 そう思ってたら、京子がそう叫んで手を挙げる。

 

「なにす……」

 

 俺の言葉も遮り、京子が続ける。

 

「今日の授業、抜けても良いですか? もしくは時間をください。アキの髪、このままにしておくの嫌なんで」

 

 何をあからさまに『さぼります』って宣言してんだよ。そんなん、先生が許すわけ……そう思ったけど、先生はため息を零しながらも「いいわよ」と言った。

 

 は? 何で? 何で良いの?

 

 考えている間もなく、京子は先生の言葉を聞くなり「ありがとうございます」と言いざま俺の腕を引っ張り上げた。

 

「行こう!」

 

 行こうってどこに……そう戸惑いながらも、俺は京子に連れられて家庭室を後にした。

 

 本当は助かったと思ってる。

 

 あそこに、あのまま居たら、涙がこぼれそうだったから……。

 

 京子が俺を連れてきたのは、テニス部の部室だ。

 

 こんなとこでいったい何を……そう思っていると、京子は俺を椅子に座らせた。

 

「はい、少しじっとしてて」

 

 そう言って、持ち出してきたハサミを目の前にかざす。

 

「なっ……にを!?」

 

「なにって、切るのよ?」

 

「切る?!」

 

 慌てる俺の肩をがっしりと掴み、京子が真剣な眼差しを向けてきた。

 

「だって、このままじゃダメでしょ?」

 

「だ、ダメだけど、でも」

 

「いいから、任せて」

 

「は? でも」

 

 躊躇う俺を余所に、京子は満面の笑顔で答えた。

 

「私の家、美容室やってるの、いつもママの仕事見てたし、人形で練習した事もあるわ」

 

「人形って……」

 

 かなり強引だぞ京子。

 

「大丈夫だって、自信あるもの……ほら、ハサミを使うのは得意だって言ったでしょ?」

 

 そうだけど、だからって、いきなり髪を……そう思っている間に、京子は俺の後ろに回り込む。そして、慣れた手つきで髪をいじり始めた。

 

 俺の中に諦めという言葉が並ぶ。

 

「任せたよ」

 

 俺はそう呟いて、前を見据えた。

 

 さっきの音とは明らかに違う、心地いいリズムに乗せてハサミが動くのがわかる。

 

 慣れたもんだな……京子、美容師にでもなるのかな。

 

 そう思っているうちに、どれだけの時間が経っただろう。

 

「はい、いいよ」

 

 そう言って京子が、俺の髪を手ぐしで整えた。

 

鏡、ないかな…あ、こっち

 

 そう言いながらきょろきょろして、俺をロッカーまで誘導した。

 

 京子が自分のロッカーを開けて、そこにある小さな鏡に俺を映す。少し長めのショートだ。

 

「いい感じになってる?」

 

「あ、ああ」

 

「音の割に、あまり切られてなかったから肩先で揃えたんだけど、変かな?」

 

「いや、全然悪くない……」

 

 そう言いながら俺は、京子に向き直り「ありがとう」と呟いた。

 

「どういたしまして、あ、でも後でちゃんとした美容院で整えてもらった方が良いよ、なんだかんだ言っても素人だし、ごめんね」

 

 京子は、安心したように微笑んだ。

 

「別にいいって」

 

 そして、マジマジと俺を見つめる。

 

「な、なに?」

 

「ううん、なんかね、昔のアキに会えた気がしたから……」

 

「え?」

 

 昔の、俺?

 

 何で京子はそう言ったのか、すぐには分からなかった。

 

 京子が俺を知ってた? いつ? なんで?

 

 そんな疑問ばかりが頭を駆け巡る。

 

 京子は、またふっと笑うと、切り落とした髪を片づけるために、部室の隅にあったホウキを持ち出し、床を掃き始めた。

 

「そう言えば、アキって……本当の名前、アキラだよね?」

 

「え?」

 

 なんで、そう聞こうにも言葉が出ない。

 

「ふふ、だって入学式の時に名前呼ばれるじゃない? アキと江口君は居なかったけど」

 

「あ、なんだそうか、入学式の……」

 

「私ね、昔……小学生の時にアキに会ってるんだよ」

 

 京子はすぐさま言葉を繋げてきた。

 

「覚えてないかな?」

 

「……え?」

 

小学生の時に、会ってるって……俺の記憶の中に、京子がいない。

 

 小学生のいつだ、京子は確か東雲中だって言ってたな。東雲に知り合いなんか、いねぇぞ? あ、でも東雲町には通ってたな、その時にでも……どっかで会ってたか? いや、でも名前まで思いだせないほどじゃ、そんなに仲良かった訳じゃ……。

 

 いや、でもこんな可愛い子なら覚えてるはず……。

 

 そう悩んでいる俺を見て、京子が手を止めた。

 

「ほら、覚えてない? アキが私に話しかけたんだよ?」

 

「俺が?」

 

「そうだよ……『おい、お前いつも俺らの事を見てるよな? 何か用か?』って」

 

 京子に言われて、俺はハッとした。そう言えば確かに、そんな事を言った事があるような気がする……でも、あの時、俺は……。

 

「あ、お前……あの時のストーカー、か?」

 

 思わずそう言って指差してしまってから、マズイと思ったけど、京子は気にすることなく満面の笑みで「うん」と答えた。

 

「マジか?!」

 

 確かに、あれは小学五年の、俺が引っ越す前の話だ。

 

 俺が啓介と一緒に、東雲の柔道教室に通ってた時、女の子が一人いつも俺らの後を付いて回ってた。だから、あの時、遠くからなんて面白くないから、悪気なくて、友達にでもなろうかと思って、俺は声をかけたんだ。

 

 でも、その女の子は、すぐにその場から走り去って、それ以来顔を見せなかった。

 

 あの女の子が、京子?

 

「あ、やっと思い出してくれたんだ」

 

「え、でも、あの子、眼鏡」

 

「今はコンタクトにしたの。あの時はゴメンネ、突然逃げちゃって」

 

「あ、いや……でも」

 

「うん、あの時から、私、服部君が好きだったの……だから付け回しちゃった」

 

 そんな前から、啓介だけを想ってたのか……まさか、ここに来たのも。

 

「でも今も変わらないよね、私、服部君が藤木を受けるって知ってたから、また追いかけてきちゃったの……でも、アキがいて、あの時の子だってわかって、嬉しかった」

 

「え、なんで?」

 

「いつも二人で笑ってて、楽しそうで、そんな二人を見てたら、すごく私まで楽しくて……でも、あの時、初めて声掛けてくれた時、アキは制服着てたよね、だから女の子だってわかって、ショックだったのと、辛かったのと……嬉しかったのとごちゃ混ぜになって、あんな事、言っちゃって」

 

 言いながら、京子は俯き、両手で顔を覆った。

 

「私、アキに酷い事言ったじゃない……」

 

「あ、でもあれは、別に……気にしてないって言うか」

 

 京子の言葉を聞いているうちに、鮮明に思い出される記憶。

 

 あの時、あの女の子は……京子は、俺が女だって知ってショックを受けてた。

 

 だから『なんで女の子なの? 男だったらよかったのに!』って言ったんだよな。それで、そのままいなくなって……。

 

「でも、あの後、何度か服部君を見かけたけど、アキの姿はなくて……もしかして、私があんな事言ったから、アキが離れたんじゃないかとか思って」

 

「いや、違う、あの後、俺さ、夏休み明けに引っ越しただけなんだ、だから、お前は何も悪くないよ」

 

 俺は京子に歩み寄り、抱きしめた。小さくて華奢な細い肩が、小刻みに揺れている。

 

 京子は、そのまま、俺にしがみつく。

 

「ごめんね、私、すごく嫌な女の子だった。でも、ここにきてアキに出会えて、すごく嬉しかったの。今度こそ、友達になりたいって思ったの。同じクラスになれて、すごく嬉しかったの」

 

「うん、わかってるよ」

 

 そうだよ、京子はいつも、俺の傍に居てくれた。

 

 俺の事、見ててくれた。

 

 それで、啓介の事を想ってて、辛い思いもさせてた……謝るのは俺の方だよな。昔も今も、京子泣かせて……何か、俺っていつも誰かを泣かせてる。

 

「ごめんな、気付けなくて」

 

 京子が俺の腕の中で「謝らないで」と、一生懸命に首を横に振る。

 

 あの時も、今も、ただ京子は啓介が好きなんだ。そして、俺も、ただ陽が好きなだけなんだ。誰かを好きになって、ただそれだけなのに、辛くて、苦しくて。

 

恋って全然、上手くいかない。些細な事で喜んで、傷ついて……泣いて。

 

俺は、ゆっくりと京子の顔を覗き込んだ。そして、その頬に流れる涙を、今度は俺が拭ってやる。この前、京子が俺にしてくれたように……。

 

「私ね……」

 

「なに?」

 

 少し言い難そうに、京子が俯いた。

 

「私、アキが服部君を好きになってくれないかな、とか思ってた」

 

「なんで?」

 

「なんでだろう、辛いのわかってるのに、でも……服部君が幸せなら私も幸せって……」

 

「だったら、なんで泣くの?」

 

「だって」

 

「出来ない相談だってわかってるだろ?」

 

「……」

 

相手の幸せを願うなんて、京子は全然したたかなんかじゃないよ。そんな風に思えるのって、マジですげぇよ……俺なんか、自分だけ見て欲しいとか、勝手な事ばっか考えてんだし。

 

「京子は、啓介が好きなんだろ?」

 

「うん、大好き」

 

「そか、俺も陽が好きだ」

 

「うん、知ってる」

 

「お前は、簡単にその気持ち、諦められるか?」

 

 そう聞くと、京子は思い切り首を横に振った。

 

「無理だよ、好き過ぎて怖いくらい、このまま他に好きな人が出来ないんじゃないかってくらい好き」

 

「だよな……簡単じゃねぇよな」

 

 めちゃくちゃ好きな奴が、他の誰を想ってても良いって思えるくらい好きなんだよな。それがわかってても、諦められないんだ。他なんか考えられないんだ。

 

「何か、俺らって似た者同士かもな……一人だけを、ずっとガキの頃から好きだなんて、諦め悪いし……」

 

 そう言って笑うと、京子も笑顔をくれた。

 

「でも、あの時のお前の執着は凄かったよな、あれは真似できない」

 

「もう……意地悪」

 

 誰かを好きになるって、楽しい事ばかりじゃないけど、好きだって気持ちがある事は嬉しいんだよな。ただ好き……それだけで、その想いを心に持っている事だけでも幸せとか、すげぇ。

 

 それに、今はこうやって、好きな相手を想って話が出来るのって、気持ち的に楽って思える。

 

 

 一人で抱え込むには、重すぎる感情だから――……。

 

 

 






 

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