〜 名前 1 〜
「部活?」
帰る準備をしていると、ニコニコしながら京子が聞いてきた。
「うん、カトは何か入るのかなって思って」
「ん、そうだな」
考える振りをしてはいるが、一応決まってんだよな。俺は、やっぱテニス部だろ。だって、今まで陽と一緒にプレーできるのが夢だったし。
「お、あたしは」
そう言いかけて、京子が今度は恥ずかしそうに頬に両手を宛がって呟いた。
「私はね、テニス部のマネージャーになろうかなって思ってるの」
「え?」
マネージャー? テニス部の? なんで?
なんかいらん心配が心を過る。
ちらり、と陽の席を流し見た。
アイツは、既にテニス部に入っている。誰かが言ってた。やっぱり中学で活躍してた分、所属するのも早かった。顧問に呼びだされて、入学後すぐに部活が始まったらしい。
俺は、あれから、あの保健室以来、まともに話すらしてないんだけど。
なんか、避けられてるって感じるのは気のせいだろうか……。
俺がそんな心配をしていると、更に今度は寂しそうに「でもね」と京子は話を続けた。
「テニス部のマネージャーって、競争率激しいんだって」
「競争率が?」
「うん」
なんでだ。そりゃ学校側もかなり力を入れている部分はあると思うけど、何でマネージャーの競争率が……そう考え始めて、気付く。
もしかして、陽狙い、とか?
そう考えて、まさかな、と思考を遮断する。
出来ればそうであって欲しくないと願う、俺。
でも。
「既にファンクラブだってあるのよ」
予感は的中するもんだ、とつくづく思った。たぶん、そのファンクラブって陽のじゃねぇ?
「人気あるもんね、江口君」
やっぱりな。
「前からこの高校にも練習しに来てたみたいだし、その時から狙ってる先輩方も騒いでるって、中学であれだけ活躍してて、しかもあの容姿でしょ。格好いいし背も高いし、女の子には優しいし、悪いとこなんてないもんね」
そう言った京子にハッとする。もしかして、京子も好きなのか?
――陽のこと。
何だか虚しくなってきた。
もし俺が男なら、京子みたいに可愛い子を彼女にしたいって思うもんな。こんな俺じゃ……本性隠して、背もでかくて……良いとこ何も、ねぇよ。
「でもね、少しでも近くにいたいって女の子の本音じゃない?」
「ん、ああ」
わかるよ、その気持ち。
「だからみんなテニス部に入りたがるの。でも練習厳しいし、今から始めても遅いからマネージャーになりたがる子が多いの……ファンの中の一人じゃなくて、一人の女の子として近くで見て欲しいっていう願望っていうか……」
しゅんとして、やっぱ可愛いよ京子は……。
「で、どうすんの? 競争率激しいからやめんの?」
「え?」
「マネージャーって、もう決まったの?」
「ううん、まだ決まってない。希望者が多くて」
「始めから諦めてどうするよ」
「だってホントに多いのよ?」
「だからって、まだ決まってねんだろ? チャンスはみんな平等だ」
何言ってんだ、俺は。同じ奴を好きだつってんのに、応援する気でいるのか。
「そ、そうだよね。うん、頑張ろう、かな」
はにかんだ京子が、また更に可愛くて。だから、京子なら許せそうな気がする。
絶対に男だったら放っておかないよな。
それに、俺、京子の前だと素でいられる。初めて会った時、男みたいな喋り方だって言われたけど、あの後、京子は「無理しない方がいいよ」って言ってくれたんだ。
だから、俺が言葉使いを直そうとしてるの知って「自然に任せたら、いつか直るよ」って、こんな俺を受け入れてくれたんだ。
受け入れてくれたって……直す気あんのかな、俺。結局いつも挫折して、相手に受け入れてもらって、直せないままなんだよな。
「最悪、男子のマネージャーになれなくても、女子のマネージャーでもいいんじゃね? 何もしないよりは近くにいれんぞ」
俺がそう言うと、その手もあったのね、ってポンと掌を拳で叩いてた。
「じゃ、見学にでも行くか? 俺もテニス部希望だし……って、おい?」
京子は上の空のようだ。なんか変な妄想に入ってんのか。そう思ってると、京子は目を輝かせて「そうね、女子でもいいわね」と呟く。
やっぱ聞いてなかったか。
「私、少しでも服部君の傍に居たいもん」
え? 何だって、服部? 陽じゃねぇのか?
「で、カトは何部に入るの?」
「え? だから……えっと、その」
服部? 服部って、おい。
「もし何も決まってないんだったら、付いてきて欲しいなぁ……」
そんな物欲しそうな目で見んな、可愛いじゃねぇか。
「あ、いや、でも……」
ここはちゃんと聞いといた方がいいよな、うん。
「あのさ、服部って、誰?」
「え?」
一気に京子の顔色が赤くなった。
「な、な、何で知ってるの? 私が、その服部君狙いだって」
いや、お前さっき自分で呟いてたって。わかってねぇのか。
「は、恥ずかしいなぁ……でも、バレちゃ仕方ないわね」
おいおい、自分で言ったんだっつうの。
「に、二組の服部啓介君って言うの。江口君も人気だけど、服部君も並んで人気あるのよ」
……啓介……やっぱり、アイツか。
そっか、藤木を受けてたんだ……。
「って、え? アイツもテニス部なのかよ?!」
「え、あいつも? 知ってるの?」
「あ、いや」
知ってるも何も、アイツも南小で、でもテニスしてるなんて知らなかった。
「そう言えば、カトも服部君と同じ南小だったね」
「あ、ああ、でも知ってるっつうか、噂、だけ?」
あ、何で俺、ここで嘘ついてんだ? 何もやましい事ないのに。
「そうなんだ、服部君も中学で活躍してたんだよ」
「そ、そうなんだ、へぇ、なんだ、そっか、へぇ」
意外性を感じるけど、そんな事に俺はホッとしてるんじゃねぇよな。京子が、陽じゃなくて啓介を好きだったっつう事に、俺、かなり安心してる。
「じゃぁ、お願い。一緒に来てくれるよね?」
「え、何で」
「だって一人であの中に入る勇気ないっていうか」
あの中? ってなんだろう。
「ん、ああ、どうすっかな」
でも、啓介がいるのは、ちょっとな。
あ、泣きそう。京子泣きそう。なんで? なんで?
「あ、行く行く。勿論、行かせていただきます」
慌ててそう言うと、京子は嬉しそうに「やった」と、笑った。