〜 部活始動 〜 



 

「よろしくお願いします!」

 

 そう言って先輩方を目の前に、一礼をしたのは今日からテニス部に入った新一年女子、十五人。勿論、俺も入ってる。

 

 少し前から、新入部員がちょこちょこ入ってるから、一年はまだ他に居る。コートの外周を走ってるのが十人ほどいるから、あれも一年だろう。

 

 だったら、かなりの人気だぞ、この部。やっぱ目当ては男子なのか。

 

 男子一年の中では陽をはじめ、信じられないが啓介も人気があるらしい。そして先輩方の中にも、ぼちぼちイケメンがいる。陽には敵わねぇけど……。

 二年新部長の寺倉(のぞみ)先輩に、副部長の久石(とおる)先輩辺りファンのガチかな

 

 寺倉先輩は、漫画に出てきそうなほど誠実な人で、優しくてモテモテ。身長は陽より少し低くいけど高い方だろ。サラサラヘアで、笑顔が素敵、眼鏡がまた女の萌えを誘うんだとか、全部、京子の情報だ。

 

 京子は、おっとりしてる風に見えて情報通らしい。

 

 でも、久石先輩はあんま好きじゃねぇ。切れ長の目が獲物を狙う狼みたいでワイルドだってさ。ま、顔はいいんだろうけど、なんか見た感じ陰険そうっていうか、ま、これは俺の思い込みだな。

 

 つか、陽以外は全然、まったくもって格好いいなんて思えねぇってこれ重症じゃね?

 

 そう思ってると、先輩方の列から綺麗な人が一人、一歩前に出る。まぁこれまた絵に描いたように美しいわけで。

 

 俺より低いから、たぶんあっても百六十五だな。セミロングのストレートで、顔ちっちぇ……ぱっちりお目目で、まさしく憧れの先輩の図って感じ。

 

「よろしく、私が部長で二年の平塚です。先輩はまだ引退していませんが、引き継ぎを……」

 

 そう言って女子部長が挨拶をする。でも、俺の神経が、隣のコートで練習してる陽に向かっているのは言うまでもない。

 

 先輩の説明を聞きながら、聴力も既に陽の方向。

 

 まいったな、こんなんで練習に身が入るか、俺。

 

 そう思って、その向こうのギャラリーに目をやる。

 

 今日もまた随分とたくさんの黄色い声が聞こえる。

 

「……ですから、やる気のない人はすぐにわかるので、すぐ辞めてもらいます」

 

 やる気か、俺はあるぞ。

 

「そこの一年!」

 

 そう平塚先輩が大きな声を出して、俺の方を睨んだ。

 

何、俺?

 

「あなた名前は?」

 

「え、っと。加藤です」

 

「そう、加藤さん。あなた言ってる傍からそんなんじゃ、退部一号になるわよ?」

 

「え?」

 

 何の事だ? 横に並んでる一年を見ると、俺を見ながらクスクス笑ってやがる。

 

「あの……」

 

「加藤さん、私の話聞いてた?」

 

「あ、いえ、すみません」

 

 平塚先輩は、呆れたように大きくため息を落とした。

 

「だから、男子目当てで入ってくるような人はいらないの。あなたさっきから私の話も聞かないで男子コートばかり見てたわよね?」

 

 否定できねぇ……。

 

「すみません」

 

「やる気あるの?」

 

 そう聞かれて、俺はすぐさま「あります!」と答えた。でも、すぐには信用してもらえないようだ。

 

「ここはテニスをしに来るところなの、男子を見に来てるんじゃない」

 

「はい」

 

 わかってる。

 

わかってるけど、なんか陽と一緒に、またテニスが出来るかと思うと嬉しくて、つい。

 

まぁ、一緒にって言っても、隣のコートだけど……。

 

でも、テニスは嫌いじゃないんだ。軽い気持ちで入った訳じゃねぇ。

 

「ちなみに聞くけど、あなた経験者? 答えによっては判断が違ってくるけど」

 

 判断ってなんだよ。

 

 ちょっと陽を見てただけで退部にさせられんのかよ。って、見てる俺も悪いんだけど。

 

「はい、一応、経験はあります」

 

「そう、どこの中学?」

 

「宮西です」

 

「宮西?」

 

 平塚先輩の顔色が変わったのが手に取るようにわかる。

 

 京子は知らなかったみたいだけど、テニスしてる奴なら、宮西つったら知ってる人がほとんどだろう。

 

 中学では全国大会当たり前に出場してて、いつもベスト四には入る強豪だからな。

 

「宮西って、あの宮西?」

 

「あのって言われても、多分あってると思いますけど……」

 

「千葉の宮西東部中?」

 

 そうそう、だからそれだって。何回言わせんだよ。

 

「はい」

 

 それでもそこはぐっと我慢して頷いた。隣の一年も、先輩方のざわめきも増す。まぁ、中にはきょとんとしてる奴もいるけど、それは多分、中学でテニスやってなかった奴だと思う。

 

 それこそ明らかに、男子目当てじゃね?

 

「宮西の加藤って、シングルで去年優勝した、あの加藤晶?」

 

 おっと、ここで本名出たよ。でも、男子には遠くて聞こえないだろ。

 

「はい、そうです」

 

 平塚先輩の瞳の色が、輝いていくのがわかった。

 

「あなた、何でここに居るの?!」

 

 がっしりと両肩を掴まれ、前後に振られる。先輩、ちょ、気持ち悪いんですけど。

 

「いえ、親父の、いや、お父さんの転勤で、この春から、ここに」

 

「そ、そう。どうりでどっかで見た顔だと思ったわ……」

 

 平塚先輩は、勢いよく先輩方に振りかえるとガッツポーズを決めた。

 

 みた事ある顔、か。まぁ、男子と女子のシングルじゃ、コートも違うし陽は俺の事、知らないだろうな。でも俺はずっと、陽の事を見てた。

 

 こっそり男子の応援に行く振りしてさ、いつも陽を応援してたっけ。

 

「木下といい、加藤といい、ウチに主力メンバーが揃ったじゃない! ああ、今年こそ、あのにっくき前島に勝てるかもしれないわっ!」

 

 ああ、この人テニス好きなんだな。

 

 前島って、いつも藤木と県予選で争ってるライバルだったか? ここ最近はいつもこの二校が決勝で、藤木はあと一歩及ばないんだったっけ。

 

 何でも、前島は中学で目ぇつけた選手をことごとく奪ってくって聞いた……。スポーツに関しては全般に力入れてるらしいからな。つか、俺もそう言えば言われたっけ。

 

 中学の先生に、ここに行くなら、前島行けって。でも、俺は藤木を選んだんだ。

 

 俺が藤木を選んだ理由は、やっぱ陽がいるかもしれないからだ。ま、それも当たったけど。陽なら、きっと一番強いとこには行かない。そう思ったんだ。 

 

 あいつなら、自分の腕で勝負して、二番手を上へ押し上げるだろうって思った。

 

 その方が遣り甲斐もあるし、俺もそう思うから。

 

 って、待てよ……先輩、木下って言ったよな?

 

「あの、木下って、もしかして」

 

 そう聞くと、平塚先輩は「あそこに」と、外周を走る一年を指差した。

 

 その中に、あの木下亜美がいる。

 

 なんで?

 

「木下もかなりいい選手よ。大会での実績は少ないけど、ここ最近で延びて来てるわ」

 

 へぇ、亜美って、いつも陽にくっ付いてて、何もできない奴かと思ってた。

 

 アイツも頑張ってるんだな。ちょっと、見る目変わったかも……。

 

「これからの練習が楽しみだわ!」 

 

 平塚先輩は、そう言うと集合をかけた。走っていた一年もわらわらと寄ってくる。その中に居る亜美が、俺に気付いた。でも、そこに笑顔はなくて、なんか睨まれてるっぽい。

 

「お〜い、アキ! 頑張ってるか〜!」

 

 でけぇ声出すな、啓介!

 

 向こうのコートから、啓介が大きく手を振ってくる。その横には陽が……啓介の奴、誤解されんだろうがっ!

 

「何よ、アイツ、誰よ!」

 

 ほらみた事か、一斉に啓介ファンのギャラリーからも睨まれている事は確実。

 

 俺はいいよ、俺は……別に啓介のファンに誤解されようがされまいが。でも、陽にだけは変な誤解されたくねぇんだよ!

 

 俺は啓介に向かって舌を出してやった。二度と喋りかけんな!

 

 なんか、既に疲れてる俺って……まったく、前途多難な部活になりそうだな。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ア〜キ〜」

 

 おいおい、啓介。何で教室にまで来てんだよ。

 

 啓介は、俺が帰って来たと知ってから、毎日のように、いや、毎時間のように俺のクラスに顔を出すようになった。

 

「なに?」

 

 冷たい視線をぶつけても、啓介は何食わぬ顔。俺の方が緊張するよ。

 

 ちらりと、俺は横を見やる。

 

 陽は、あっちを向いて机に突っ伏し寝ている。

 

「何って、アキに会いに来てあげてるだけだよ。新しい学校で同級生も少ないアキを心配してだね」

 

 なんて戯言抜かしてる啓介は放っておきたい。のは山々なんだが、京子がいるから足蹴にも出来ない。少しでも、好きな人の傍に居させてやるってのは、俺の傲慢になるのかな。

 

「京子、お願いですから、この啓介の相手してやってくださいませ」

 

「え?」

 

 赤らめた頬を隠すように、両手を宛がう京子は可愛い。

 

「え、長田さん俺の相手してくれんの?」

 

 なんて、啓介もまんざら嫌でもなさそうじゃん。

 

「ねぇねぇ陽〜お昼買いに購買まで付いてきてぇ〜」

 

 そう、こいつと違って。

 

 前言撤回。見直したってのは言い過ぎだ。だって、亜美はいつも陽にべったりで、なんか俺の前でやたらべったべたで……気にいらね。

 

 彼女なのか彼女じゃないのかはっきりしねぇし、俺の心はいつも悶々としてる。

 

 相変わらず甘い声で亜美が、陽の肩を揺らしながら言った。ったく、そんなもん一人で行けよ。

 

「うるせぇな、そんなもん一人で行けよ」

 

 突っ伏したままの陽が、俺の考えと同じ事を言った。なんか、内心嬉しいのは俺だけか?

 

「ヤダ、陽に選んで欲しいの!」

 

 そう言って無理やり陽の腕を持ち上げ、上半身を起こした。

 

「お前、自分の食いもんくらい自分で選べよ」

 

「だってぇ」

 

 だって、じゃねえよ。

 

 そう思って、ふと、古い記憶が蘇える。

 

 

 

『女なんか大っ嫌いなんだよ!』

 

 

 

 そう、あの言葉……俺が「あたし」だって言えなくなった日に聞いた言葉だ。

 

 

 

――陽は、まだ、女が嫌いか? あの頃の俺は、お前の中に、どんなふうに存在してるんだろうな……。

 

 

 

 そう考えたら、また胸がキュってなって、苦しくなった。

 

 両耳に届く、男女の声。

 

 片方は、応援したい恋で、もう片方は応援したくない恋。

 

 間に挟まれた俺は、どうしたらいい?

 

 

 

 

 

 

――アキラ……。

 

 






 

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