〜 告白 〜 



 

 

 クラスにも慣れて、そこそこ友達も出来たと思う。

 

 なんか、俺の喋り方が面白いとか言われるけど、そこは喜んでもいいのか?

 

 でも、陽の隣に座っているのは、まだ慣れない。

 

 毎日緊張しっぱなしで、今も心臓が壊れそうなんだよ。

 

 陽も、友達はいる方だと思う。でも、友達が誘いに来ても、席から離れないし、陽の周りに友達がわらわら寄って来て喋ってる感じだ。

 

 その中には、亜美もいる訳で。

 

 毎日、落ち着かないのは俺ばっかだ。

 

「ねぇ、アキ」

 

 京子が少し膨れた頬を引っ提げて言った。

 

「な、何でございましょう」

 

「やっぱり聞いてなかった」

 

 なにを?

 

「え?」

 

「だからぁ、私受かったの!」

 

「え? なにに?」

 

 そこまで言ってハッとした。

 

「もしかして、マネージャー?」

 

「そう!」

 

 さっきまで膨れていた頬が、一気に赤みを帯びていく。

 

「そう、良かったじゃん」

 

「ん、でもそうでもないの……」

 

「何で? だってあんなに頑張ってたじゃん」

 

 そうだよ、京子は頑張ってた。

 

 啓介の傍に居たいが為に、テニスの本を買いあさって、授業そっちのけで勉強してたの知ってる。そこまで一生懸命になれる恋なんだから、自然に応援したくなるのは当たり前で……。

 

 その点、俺は全然、一生懸命じゃねぇ。

 

 毎日、隣に座るのがやっとで、たまに「アキ」って呼ばれるだけで、周りの声も聞こえなくなるくらいになって。

 

 まぁ呼ばれるって言っても、クラスの用事とか……先生の話を聞いてなかった時とかに「アキ、呼ばれてんぞ」って教えてくれる程度で……。

 

 それでも嬉しくて、情けないほど、惚れてるって感じて……。

 

「へぇ、新しいマネージャーになったんだ、長田さん」

 

 もう、声だけでわかるよ。隣に何人の男がいようと、その中の陽の声だけははっきりと聞こえる。って……え?

 

「そうなの! 女子のだけど」

 

 嬉しそうに京子は、陽に向かって微笑んだ。

 

「おめでとう、ま、初めてだろうしアキに何でも教えてもらえばいいよ」

 

 陽も、ありえないくらいの笑顔だ。

 

「うん、そうする! 教えてね、アキ」

 

 その笑顔、俺にも向けてくんねぇかな……って、俺を見る目は一つじゃねぇ……亜美が、かなり睨んでるんですけど?

 

 俺、何かしたか?

 

「教えるって、え?」

 

「また聞いてなかった〜、あのね、私、男子のマネージャーにはなれなかったの。でも女子になれたから、それはそれで嬉しいんだよ」

 

 嫌みのねぇ言葉が、嬉しいじゃねぇか、このやろう。

 

「ま、まぁ残念だった、ね」

 

「全然、残念じゃないよぉ! アキと部活でも一緒に居られるし嬉しいの」

 

 俺も、京子のように素直になれたら、こんなに苦しくもねぇんだろうな。

 

「よぉ! 聞いたよ長田さん! 残念だったねぇ、男子じゃなくて」

 

 また、いつものように啓介が教室にやってきた。

 

「うん、でもいいの」

 

「そう? 俺は長田さんに男子に来てもらいたかったのになぁ」

 

 なんて、啓介の奴、鼻の下伸ばしやがって。

 

「おい、服部、お前二組だろ、毎時間よく来るな」

 

 そう言ったのは、陽の友達で佐々木ってやつだ。

 

「いいじゃん別に、ダメって決まりないだろ。悪いか」

 

「悪かねぇけど」

 

 そう言って佐々木は、京子を見て「狼には気をつけて」と茶化した。

 

 京子は赤い頬を、更に赤らめ俯く。

 

「ばっ! 違うだろっ!」

 

 啓介は慌てて言い訳をする。でも、何気に啓介も赤くなってんじゃね? これは脈ありって捉えてもいいんじゃね?

 

 そう思っていると、啓介はぐいっと俺の肩に手をまわした。

 

「俺はアキに会いに来てんの!」

 

「え?! マジかよ!」

 

 ちょ、馬鹿、何言ってんだ、こいつ! 佐々木一同が驚くのも無理はない。当の俺が一番驚いてんだからな!

 

「マジだよ、なぁ、アキ?」

 

「し、知らね、ない、わよ!」

 

「知っとけよ! 俺はアキ以外は見えませ〜ん」

 

 あ、京子、泣きそうだ、マジやばいって。啓介の奴、ふざけるのもいい加減にしろよ!!

 

「ねぇ、だからアキも他の男見ないで」

 

 そう言って啓介は、周りの目も気にせずに俺の頬に軽くキスした。

 

 そう、軽くだ、軽く……って、え?

 

 キスしただぁ――――――――っ?!

 

「ばっ、ちょ、てめっ!」

 

 一瞬の事で呆気にとられた俺は、放心してたけど、すぐさま啓介の顔をぐいぐいと引き離した。でも、啓介は、俺の肩にまわした腕を解こうとはしない。

 

「てめ、マジで!」

 

 だけど。

 

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 だけど、慌てる俺の耳に飛んできた言葉は、すごく冷たかった。

 

 陽が、軽蔑したような眼で俺を見てる。

 

「馬鹿じゃねぇよ」

 

 そう啓介は、同じように冷ややかな態度を返す。そのまま俺の肩から、啓介の腕は離れた。

 

「ここ、教室だろ?」

 

「だから、なに?」

 

 啓介が、喧嘩腰な態度で陽の前に立った。

 

「予選も近いのに、女に現を抜かしてんじゃねぇって言ってんだよ」

 

「は? 何、やきもち? テニス馬鹿が……」

 

 まさか、陽がそんなもん焼くとは思えね……。

 

「誰がそんなもん焼くかよ!」

 

 ほらな。でも、いつもは冷静な陽が、啓介の挑発に乗り始めた。きっと、テニス馬鹿って言われて切れてんだろうな……。

 

 わかってるよ、陽の心配は、俺じゃない……テニスの事だって。

 

 啓介も、陽同様に予選に出るんだ。いつもこんなチャラチャラしてねぇで、もっと、しっかりしてほしいんだよな。

 

「ならいいけど……でも」

 

 啓介はそう言いながら、更に陽に顔を近付ける。

 

「惚れた女に気持ち言って何が悪い? お前だって本当は言いた……っ!」

 

 その瞬間、陽が啓介の胸倉を掴んで立ち上がった。

 

「てめ、それ以上言ってみろ」

 

 静かな声で、陽は啓介の耳元で、怒りを露わにしていた。

 

 周りに緊張が走る。

 

「なぁ、おい、お前らそれくらいにしとけって」

 

 心配そうに、佐々木が間に入ろうとした。だけど、陽の眼力に怯んだようだ。でも、啓介といったら、胸倉を掴まれている割に冷静に笑っている。

 

「ま、いいけど」

 

 そう言って、啓介は陽の腕を振り解くと、背中を向けた。

 

「俺はお前とは違う」

 

 そう言い残して……教室を出て行く。

 

 陽といえば、不貞腐れ極まりない。あからさまに舌打ちをすると、ドカッと椅子に座り、机に突っ伏して不貞寝してしまった。

 

 誰も何も言わない……言えない。

 

 あの、亜美でさえも、黙って見ているだけだった。

 

 それより……ああ、やっぱり。

 

 俺が、京子を傷つけた……。

 

 でも、京子は、泣きたいのをぐっと堪えて、唇を噛んでいる。そして、笑顔をあげた。

 

「あ、なんか気にしてる? アキ」

 

「え、あ、いや、その」

 

「大丈夫よ、私。服部君にライバル多いの知ってるし、しかも好きな人がいるなんて普通だし、だからって、私、諦める訳じゃないし」

 

 すごいよ、京子。

 

「え、何? やっぱ長田って服部好きなの?」

 

「うん! 大好き!」

 

「へぇ、なんかごめんね、俺、余計な事言っちゃったみたいで……まさか、こうなるとは」

 

 申し訳なさそうに佐々木が謝った。

 

「加藤も、ごめん」

 

「え?」

 

 何で俺に謝るんだ? 傷ついたのは京子で、俺は別に、啓介の言う事なんか本気にしてないっつうか……。

 

「だって、長田とせっかく仲良いのに」

 

「何言ってるの?! 私は好きな人がアキを好きでも嫌いになんかならないよ!」

 

「……京子」

 

 なんか、じん、ってきた。俺の心が、なんか熱くなってきた。

 

 思わず俺は、京子を抱きしめてしまった。

 

「あ、アキ?」

 

 俺の大きな体が、京子の小さな体を包み込む。でも、気持ちは俺の方が小さくて……京子の方が大きくて……。

 

「あれ、啓介の悪ふざけだから……あいつとは幼馴染で、なんでもねぇよ、だから」

 

「わかってないなぁ、アキ」

 

 ゆっくりと京子が、俺の腕の隙間から顔を出した。

 

「え?」

 

「私は大丈夫って言ったでしょ? そうやって言われる方が辛いんだよ?」

 

「え?」

 

「もう少し、恋の勉強しようか……あ、なんなら私が教えてあげてもいいけど」

 

「なに、を?」

 

「だから、アキも好きな……っ……ふが」

 

 思わず、もう一度抱きしめて、京子の口を塞いでしまった。

 

「……苦、しい」

 

「あ、ご、ごめん」

 

 そう言われて、俺は京子を解放する。

 

でもでも、京子が悪いんだぞ、たぶん「アキも好きな人がいるでしょ」とかなんとか言おうとしただろ?!

 

「ぷはぁ――――っ!」

 

 ああ苦しかった、と笑いながら、京子は「ごめんね」と呟いた。

 

 何でみんな謝んだよ、何も悪い事してねぇじゃん。

 

「あ、でも俺もショック〜つうか、はは」

 

 佐々木が頭を掻きながら、何やら横ではにかんでいた。

 

何がショックなんだよ。京子の方がショックだっつうの。それに俺だって……陽の前で、あんな事……あ、くそ、だんだんイライラしてきた。

 

 そうだよ、啓介の奴、悪ふざけで俺と京子をここまで傷つけやがって!

 

「俺も長田の事、ちょっといいなぁって思ってたし……」

 

 は? 何だ、告白タイムになったのか?

 

 そっか、佐々木も同じく、傷ついてたのか……アイツのせいで、みんな傷ついて……でも。

 

 

 

――なんとなく羨ましいかも。

 

 

 

 俺は何も言えずに、ただ黙っていつも見てるだけだ。こいつらみたいに、顔や口に出して堂々とできねぇ。

 

 俺には自信がない……想いをさらけ出してしまった時に、平気でいられるかどうか……。

 

 きっと立ち直れねぇくらいになって、落ち込んで、言わなきゃよかったとか思うんだろうな。

 

「なぁ、服部にもフラれた事だし、ここは俺で我慢とか」

 

「する気ない!」

 

 すっぱり切りやがった。

 

「あ、そう」

 

 苦笑いをする佐々木の表情が、なんか痛い……胸の奥のもう一人の俺に「それはお前だよ」って言われてるみたいで、怖い。

 

 次はお前がフラれるんだよ、って言われてるみたいで、切ない。

 

「あ、予鈴鳴ったよ、次移動だったからほとんど誰も教室に居ないね」

 

 そう言って京子は笑った。

 

でもその下は、物凄く辛いんだろうってわかる。

 

 俺は、それに耐えられるだろうか……。

 

「やっべ、そうだった!」

 

「おいおい、移動ってどこだよ!」

 

 そう言って、教室に残っていた数人が慌ててた。でも、ただ一人、動かない陽がいる。

 

「ねぇ、陽、次移動だって」

 

 亜美が、陽の肩を揺らす。それでも陽は、顔をあげようとはしなかった。

 

「もう、知らないからね!」

 

 亜美は、怒ったように陽を一人残して教室を出た。

 

 そして、俺も――――……陽……。

 

 傷つくの怖くなくなって、お前に好きだって言えたら、楽になるのかな……。

 少しは、緊張しなくなるかな……?

 でも、いつか伝えられたら……受け止めなくてもいい、答えなくてもいい……ただ、笑わないで聞いてくれよ。






 

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