〜 もやもや 〜 



 

「結局これだけ残ったのね」

 

 呆れるように言ったのは平塚先輩だ。

 

 見渡せば、確かに少ない。俺と一緒に入った奴だけでも十五人はいたのに、今は八人だ。

 

 練習が厳しいっちゃあ厳しいけど、でもそれは運動やってた奴なら然程の苦じゃないだろうに。

 

 聞けば、残ったのは、やっぱ中学でテニスやってた奴らばっかだ。でも、優秀な選手は、ほとんどが前島行きらしいからな。

 

 でも、藤木(ここ)も弱い訳じゃないんだよな。それなりに学校側も運動部には力が入ってるし、前島のやり方気に入らなくて、推薦蹴った奴もいるらしいし……陽みたいに。

 

 って、俺また陽ばっか見てるよ。

 

「では、休憩入ります」

 

 その一言で散らばる部員。

 

 ベンチに腰掛け、やっぱ、俺の視線の先は陽で――。

 

「ねぇ」

 

 ふいに声をかけられ、その方向を見る。

 

 げっ! 亜美?!

 

 何か用なのか? 

 

「な、な、なに?」

 

 何でいつも、俺ばっかり睨まれんの?

 

「あんまり陽ばっか見てんじゃないわよ」

 

 へ?

 

 亜美は、それだけ言うと、男子コートに走っていった。どうやら男子も休憩に入ったようだ。

 

 な、なんだよ、あいつ。俺は陽を見ちゃいけねぇってのか? ふざけんな、何様だよ、ったく。

 

 男子コートの脇では、フェンスの向こうから黄色い声が、また聞こえる。

 

 望先輩だの、透だの、何でか啓介君とか……陽、とか。

 

 その陽の傍に、さっきまでは俺の横で態度悪かった亜美が、タオルとお茶を持って駆け寄っていく。案の定、コート外の陽ファンからはブーイングの嵐だ。

 

 それでも、亜美は甲斐甲斐しく陽に寄って行く。

 

 おいおい、それはマネージャーの仕事だろ、そう思うけど、当のマネージャーも亜美の物言わぬ眼力には勝てないようだ。

 

 やっぱ、彼女なのかな……陽も、亜美の事、好きなのかな。いつも周りに冷やかされて「違う」なんて言ってるけど、本当のとこ、わかんねぇや。

 

 こんなんばっか考えてたら、嫌な気持ちに押し潰されそうだよ。

 

 聞けば早いんだろうけど、今さら何を、って感じもする。いや「そうだよ」って言われるのが怖いのか。

 

「ちょっと、あれはマネージャーの仕事でしょ?」

 

 お、誰か知らんが、よく言った!

 

 ふと見れば、先輩の一人が平塚先輩に言ったみたいだ。

 

「そうね」

 

 でも、平塚先輩は亜美を一瞥しただけで、それ以上は何も言わない。

 

「まぁ、江口君がいるから木下もテニスに来てるって思うけど、ちょっと放任しすぎよ、朱音……いくら戦力だからって」

 

 朱音って、平塚先輩の事か……。

 

「ま、いいじゃない? それがテニスに向ける情熱に繋がってるんなら」

 

 お〜い、それだけで放任すんの? ありえねぇ……それじゃ、どんどん亜美がつけ上がって……つけ上がって……って、どこかで俺もそうしたいって思ってるんだよな。

 

 陽の傍に行って、陽の汗ぬぐってやって……だから、それが平気で出来る亜美に嫉妬してるだけなんだよな。

 

 

 

 俺ってちっせぇ……。

 

 

 

「お〜い! アキ!」

 

 なんだよ、うっせぇな、啓介かよ。

 

 そう思いながら、俺は啓介の方を見た。何やら、手招きしてるみたいだ。

 

「なに?」

 

 言いながら、今度は京子の方を見た。京子は何食わぬ顔で、俺を見て笑って

「行ってあげて」と口が動く。その笑顔と勇気が健気過ぎて俺には苦しいんですけど……。

 

 ったく、なんだよ。 

 

 俺は重い腰を上げて、啓介に近づく。でも。

 

「ねぇねぇ、俺にはタオルとかないの? お茶とか持ってきてよ」

 

 その言葉で、俺はすぐさま踵を返した。

 

 くっだらねぇ!

 

 何考えてんだ、啓介の奴!

 

 いくらお前に好かれてても意味ねぇんだよ!

 

 俺が……俺が見て欲しいのは……好かれたいのは陽だけなんだよ。

 

 だって、現に、ああいう風に啓介に言われたところで、全然ドキドキしねぇし、昔から肩組むとか普通だし。

 

 ほ、ほほ、ほっぺたにキ、キ、キ、キスされたって、う、嬉しくねぇし!

 

 

 

 

 

 なのに、アイツは違ったのか?

 

 

 

 俺の事、そんな風に見てたって言うのか?

 

 

 

 女として?

 

 

 

 そう考えたら、急に恥ずかしくなってきた。バカ啓介、アイツのせいだ!

 

 くそ、くそ、くそっ!

 

「アキ?!」

 

 それでもしつこく啓介が呼んでるもんだから、なんかむしゃくしゃして、一言文句言ってやりたくなった。

 

 俺はズカズカと足を踏み鳴らして、また啓介の方へ歩み始めた。

 

「やった、アキ来てくれた」

 

 そう言った啓介の肩を掴んで引き寄せる。

 

「てめぇ、うるっせぇんだよ。いい加減にしろよっ」

 

 そう、耳元で言ってやった。でも、啓介は嬉しそうに微笑む。

 

「なんか昔のアキみた〜い」

 

 なんか力抜けるな、こいつには……。

 

「だぁかぁらぁ、俺はお前のファンに目ぇとか付けられたくねぇの。察しろよ、タコ」

 

「え? やきもち?」

 

「ちげぇよ」

 

 なんでそうなるんだよ! まったく、啓介の頭の中は何が入ってんだ? いつも常夏のハワイみたいに溶けてんのか?

 

「俺は、お前の事はなんとも思っ……」

 

「大丈夫だよ、俺のファンの子には、もう言ってあるもん」

 

「は? 何をだ?」

 

「だから、俺はアキが好きだから邪魔しないでねって」

 

「はぁ?!」

 

 そう言われて、ちらりとフェンスの向こうを見やる。言われてみれば、陽たちにはブーイングぶっこいてたのに、啓介ファンの子はぐっと我慢してる風に見える。

 

「てめぇ」

 

「もし」

 

「は?」

 

「もしも、アキを傷つける事があったら、俺、何するかわかんないよ? って言ってあるから大丈夫」

 

 そう言って啓介は、満面の笑顔でVサインなんかしてくる。

 

 やっぱ、頭おかしいんじゃね?

 

 でも、そんな啓介が、ふいに真剣な眼差しに変わる。

 

「だから、俺のもんになれよ、アキ」

 

「ば、ばばば、ばっかじゃねぇの?!!」

 

 叫びざま、俺は啓介の肩を放して、後退りしてしまった。そのまま、縺れる足を引っ提げて、ベンチに戻った訳なんだが……。

 

「で、服部君、なんて?」

 

 京子がすかさず聞いてきやがる。

 

 い、い、いい、言えるかっての!

 

「いや、その……なんだ。俺にタオル持って来いって、はは」

 

 そう言ってから、しまった、と思った。

 

「俺?」

 

 平塚先輩が突っ込んできた。

 

 やばい、マジで焦る……。

 

「あ『俺の』タオルを持ってこい、でしょ?」

 

 そう言って京子がフォローしてくれた。

 

「あ、そうそう、それ、まったく自分でやってほしいでございます、ですわ、よね」

 

 うわ、慌ててると更に女言葉って難しい……でも、助かった……って別に俺はみんなに言葉使いを隠してる訳じゃなくてだな……ああ、誰に言い訳してんだ、俺。

 

 でも、今、俺が気ぃ抜いて、言葉を許してもらったら、もう直せない気がするんだよな。

 

 そしたら、アイツの前で、女じゃいられなくなるかもしれない。

 

 そりゃ、陽は『女が大っ嫌いだ』なんて言う奴だから、女になるってのは嫌いかも知れないんだけど、でも、それじゃ、俺が進めねぇっていうか。

 

 このままいったら、俺は一生、陽に想いを告げられないままババァになるかもしれないし……って、それは考え過ぎか。

 

 ふと、男子コートを見れば、啓介がまだ俺に向かって手を振ってくる。

 

「それにしても服部もわかりやすい奴よね」

 

 そう言って平塚先輩が、呆れたように俺に笑いかける。

 

「はは、そう、ですね。困ってるんですけど……幼馴染で憎めないっつうか」

 

「幼馴染? それだけで加藤から離れないなんてないわよ? それが通用するのは小学生までよ」

 

 ぐ、痛いとこ付いてくるなぁ……女ってのはこうも、みんな敏感なのか? ……って、俺も女だよな、一応……。

 

 そんな事より……啓介の奴……本気、なのかよ。

 

 でも……嫌じゃねぇよ……。

 

 そんな事を言われて、嬉しくない訳じゃないんだよな。

 

 京子を見ると、苦しい。でも、啓介の気持ちは、嬉しい。だけど、俺の啓介に対する気持ちは特別な『好き』じゃない。

 

 このままじゃ、誰も楽にはなれない。苦しいままなんて、誰だって嫌だよな。

 

 俺は、啓介にはっきり言わなきゃならないんだ……どこまで受け入れてくれるかわかんねぇけど……言わなきゃ。

 

 

 

 このままじゃ、ダメだから。

 

 

 

 

 

 絶対に、ダメだと思うから……。

 

 






 

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