〜 指名? 〜 



 

 啓介に、あんなこと言われてから、はっきりしなきゃダメだって思ってるのに、何も言えないままだ。

 

 相変わらず、啓介はいつものように明るいし「俺のもんになれ」なんて言葉も忘れてるみたいだった。だったら、あえて言う必要もねぇんじゃねぇかって思えて、逃げてる。

 

 俺は変わらず、陽を意識してばっかで、なにも進めてねぇし。

 

 京子も、啓介も……なんであんなに、真っ直ぐなんだろう。まぁ、啓介の場合、どこまでが本気かってわかんねぇ部分あるけどさ。

 

 でも、俺だけが、なんか、情けねぇっつうか、さ。

 

「こらっ、加藤! 考え事してる暇ないわよ! しっかり聞きなさい!」

 

「は、はい! すみません!」

 

 やべやべ、そうだ、もうすぐ県予選も近くて、みんなピリピリしてて色恋なんか言ってる暇もないって感じだからな。

 

 平塚先輩が「まったく」そう呟いてから、次々と選手の名前を挙げていく。

 

「ダブルスに呼ばれた人はそれぞれ練習に戻って」

 

「はい」

 

「じゃぁ次。シングルに三年生から三宅先輩、本橋先輩、野口先輩、二年山本、川辺、一年木下、以上です……それから、ダブルとミックス選手は学校のコートで練習しますが、シングルの選手は来週から市民コートへ行ってもらいます」 

 

 え、ちょっと、待て……俺の名前が呼ばれなかったぞ? あれ、もしかして、外された?

 

 そう思っていると、やけに痛い視線を感じた。ふと見れば、またもや亜美だ。

 

 なんだよ、勝ち誇った顔しやがって……。

 

 亜美は、つつっと横に寄って来て笑う。

 

「はは、残念ね、私は来週から陽とあっちのコートよ」

 

 そう耳元で囁いた。

 

 いいよ、別に……先輩が決めた事なら、文句いわねぇし。つっても、正直なところ、ショックなんですけど……。

 

「あ、それとミックスなんだけど、今年は男子、二年の寺倉と林、あと一年の江口が出るから」

 

 え? 江口って陽か? なんで? 陽はシングルじゃねぇの?

 

「それぞれのパートナーは……」

 

「陽がミックス?! シングルじゃないの?!」

 

 同じ事を考えてた奴がもう一人。亜美だ。なんか不服そうに叫んでるぞ。

 

「そうよ、シングルは今回、三年生優先で出場してもらうらしいから、一年からは服部だけよ」

 

「はいはいはい、だったら私もミックス出たいです!」

 

 言うと思った。勢いよく片腕を高々と上げて、亜美が志願した。

 

「え、でも」

 

「ダメなんですか?!」

 

 平塚先輩が珍しく困惑している。そりゃ、俺だって陽と出たいよ。それが俺の夢の一つでもあったんだし……でも言えねぇ。そこんとこちゃんと言える亜美ってすげぇって感心する。

 

「でも、江口の相手は……加藤だから」

 

「へ?」

 

 思わず声が裏返った。思いも寄らぬ名前が飛び出たじゃないか。

 

「何でですかっ!!」

 

 亜美が物凄い勢いで俺を睨んでくる。

 

 何でって、俺の方が聞きたいくらいなんだけど。

 

「なんでこんな女が陽のパートナーなの?!」

 

「こらこら、こんな女とか言わないの」

 

「でも!」

 

 平塚先輩、そろそろ呆れ始めてる。で、小さくため息をひとつ。

 

「仕方ないじゃない、江口の実力に対等なのは加藤だって私も思ってる、木下じゃ足手まといになるとまでは行かなくても、江口には付いていけないと思う。それに、これは江口の希望でもあるから」

 

「陽の?! 嘘っ!!」

 

 静かに先輩の言葉を聞いていた亜美が激怒したように声を張り上げた。でも、当の俺も驚きを隠せない。

 

 陽が俺を……指名したってのか?

 

 マジか? おい、嘘だろ……なんで、俺?

 

 いや、嬉しいけど、うん、素直に嬉しいんだけど……なんで。

 

「納得いきません!」

 

 そ、そりゃそうだろうな。

 

「そう言われても、ねぇ」

 

 亜美は俯き、両拳を握り震えている。

 

「私だってちゃんと練習してきました。加藤、さんに負けてるなんて思いたくない」

 

「うん、練習はしっかりしてたわね、認めるわ、でも今までの成績や実……」

 

「だったら!」

 

 亜美は思い切り顔をあげると、俺を指さして叫んだ。

 

「だったら、この人と勝負させてくださいっ!」

 

「え?」

 

 何言ってんだ、こいつ……俺と亜美が勝負?

 

「私とこの人が勝負して、勝った方を陽のパートナーにしてください! でなきゃ嫌です!」

 

「でも」

 

 とことん亜美の本気が伝わってくる。苦しくらいに、お前も陽が好きなんだって知らしめられる。

 

「いいですよ、あたし、なら」

 

 思わず、そう言ってた。

 

 でも、もしも俺が亜美だったら、やっぱ納得したと思えねぇし。いいんじゃねぇのって思えた。

 

「ま、まぁ加藤がそう言うんなら……」

 

「じゃ、今すぐ!」

 

 意気揚々に亜美は言ったが、平塚先輩は首を横に振った。

 

「ま、勝った方がってのはわかったから、勝負はいいけど、でも、今日はダメ」

 

「どうしてですか」

 

「ちゃんと練習メニューは出来てるし、今からじゃ時間的にも無理だから。それに何より、あなた達二人の為にコートや時間を明け渡して他の選手が練習できないなんてダメよ」

 

 先輩の言う事は間違ってない。亜美もその言葉にはなにも反発せず、黙って気持ちを静めているようだ。

 

「そうね」

 

 平塚先輩は、手元にある予定表を見ながら、言葉を繋ぐ。

 

「明日はちょうど土曜日だし、部活練習も昼からになってるから、午前中でよければ私が審判するけど、それでいい?」

 

 その言葉に、亜美は素直に「はい」と頷くと、また俺を睨む。

 

どうしてこうも、敵視されるのかわかんねぇんだけど……別に俺、誰にも陽が好きだなんて言ってねぇし。特に俺たちが仲睦まじいって訳でもねぇし……。

 

あ、もしかして。

 

 入学式か? あの日、陽が俺を保健室まで運んだって言う、あれなのか?

 

 つっても、もう一カ月以上も前の話だろ。

 

 あれから、そんなに会話があったとも思えねぇ……。

 

「じゃ、加藤もいい?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

まぁ俺も、それでいい、そう思って頷き返した。

 

 






 

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