〜 五年生の初恋 2 〜 




 

 

 毎日が楽しかった。

 

 大好きなアキラと、大好きになったテニスが出来て、俺は確実に浮かれてた。もしかしたら、アキラも俺と同じ気持ちなんじゃないかって思うほどだ。

 

感じるんだ……互いの心が、近付いてるって……。

 

出来れば思い込みじゃない方がいいけど。

 

「陽、あんた明日、夏祭り行くの?」

 

 姉ちゃんがカレンダーを見ながら俺に聞いた。

 

そう言えば、明日は夏祭りだ。

 

「なんで?」

 

「ううん、別に……明日あたし友達と行くんだけど、お父さんもお母さんも夜勤でいないんだって、だから、もし行くなら夜ごはんとか、作りたくないなぁ、とか?」

 

「何だよ、邪魔な訳だな」

 

「そうじゃないのよ〜ねぇ行くの? 行かないの? 行くならお小遣いあげるからぁ」

 

 あ〜はいはい、それは俺に行けって事だな……待てよ、夏祭り……アキラ、一緒に行くかな……。

 

「俺、行く」

 

「やった!」

 

 俺、アキラに聞きもしないで『行く』なんて言っちまったけど……大丈夫、だよな。

 

 でもアキラは女の子だぞ、もしかしたら親がダメっていうかも……どうしよう。

 

 ま、そん時に考えるか。

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

「な、明日、五丁目の神社で夏祭りあんじゃん」

 

 俺は今日も陽と一緒だ。で、練習の合間に聞いてみた訳なんだが……どんな返事をくれるのかドキドキだな。

 

「一緒に行かね?」

 

 出来れば行きたい……アキラと一緒に、花火見て、それから……告白とか……あ、ダメだ考えただけで怖い。同じ気持ちだろうなんて俺の考えであって、実際に聞くのは怖いもんだな。

 

 でも、少しでも一緒に居たいから……アキラ以外は考えられねぇ。

 

「え?」

 

「嫌か?」

 

 少し澄まして、そう聞いたなりだった。アキラが返事をする事無く、首を横に振った。

 

 嫌じゃない? マジで嫌じゃないってか?!

 

「やった、じゃ明日どこで待ち合わせする?」

 

 なんかはにかんでて超可愛いんだけど――――っ!

 

 そっか、女の子だもんな、いつもは男勝りでも、こんな一面もあるよな……俺、なんか怖い。どんどんどんどん、アキラの事、好きになっていく。

 

 このまま俺が壊れちまうんじゃないかって思うほどに、好きでたまらない。

 

 そう言えば、いつも会うのはここだから、アキラの家って知らないんだよな。アキラはどこに住んでるんだろう。

 

「俺、お前、迎えに行こうか?」

 

 とか言って、アキラの家に行きたいだけなんだけど。

 

「は? いいよ別に」

 

 はい、即却下だよ……ま、いいけど。

 

「え〜じゃぁどこにするよ〜」

 

 でも、めっちゃ明日が楽しみだ!

 

「そ、そうだな……現地集合でいいんじゃね?」

 

「現地? ま、それもそっか、よし、決まりだ」

 

 何でもいい、一緒に行けるならそれでよしだ。俺はすぐさまアキラの目の前に小指を出した。

 

「何だよ」

 

「指切りげんまんだ」

 

「何でっ」

 

 なんでって……アキラに触りたいから? って何考えてんだ、俺!

 

「約束破らないように」

 

 咄嗟に言ってしまったが、アキラが約束破る訳ないのに……。

 

「俺がいつ約束破ったよ。お前に言われる通り、俺は毎日、お前の相手してやってんだぜ」

 

「ま、それもそうだけど」

 

 俺ってなんか超恥ずかしい……でも今さら出したこの指引っ込められねぇし……だったら強引に、そう思って俺はアキラの小指を絡めとった。

 

「いいじゃん別に、指切りくらい、減るもんじゃなし〜」

 

 やばい、心臓の音、伝わらねぇか!? ええい、笑ってごまかせ。

 

 アキラと繋がってる指に……全神経が集中してる。

 

 このまま、ずっと、そう思ってやまない。

 

「じゃ、明日、花火もあるから夕方六時な」

 

 アキラが笑って頷いてくれる。俺の事、見てくれる。

 

 それだけでも嬉しいのに、ちくしょう、早く明日にならないかな。

 

 

 

 

      ***

 

 

 

 

「やばい、早く来すぎた……」

 

 俺は街路の時計を見やった。

 

「四時? まだ二時間もアキラに会えねぇのか」

 

 でも、そんな時間なんかあっという間だろうな。アキラの事を考えてるだけで、幸せな時間が過ごせるって、俺すげぇ。

 

 とりあえず、約束の場所まで行く。

 

 夜店が並ぶ鳥居の前だ。でもすげぇ人だらけ……アキラの奴、俺の事わかるかな。

 

 俺は……俺はわかるよ、アキラの事、どこに居たって見つけられる自信がある。

 

 そう思いながら、俺はポケットに忍ばせた、アキラへのプレゼントを上から握りしめた。喜んでくれるだろうか、それが心配なだけ。

 

 そうこう思っているうちに、既に一時間前……後一時間、あと……。

 

 俺は、真っ直ぐに人混みを見据えた。

 

 そう、真っ直ぐだ。

 

 息を切らして走ってくる、アキラの姿が見えた。

 

 鼓動が高鳴る。 

 

まだ一時間も早い。

 

アキラ――……俺、思い込みじゃないって思っていいか? お前も、俺に会いに早く来てくれたって思っていいか?

 

「なんで?!」

 

「よぉ」

 

 俺は素知らぬ顔で片手を挙げた。落ち着け、俺……やばい心臓の音がでかくて怖ぇよ。アキラは、真っ直ぐに俺を見つめる。

 

 ああ、なんでだろう。こんなにドキドキしてるのに、アキラの顔を見るとホッとする。

 

 なんか、アキラは俺の鎮静剤か? 胸の高鳴りが、物凄く愛しいって感情に変わっていく。

 

 

 

――大好きだ。

 

 

 

 そう心で呟きながら、俺は、アキラの髪を撫でた。

 

「早く着いちまった」

 

「……俺も」

 

 ああ、なんて可愛いんだ。

 

 このまま、時間なんか止まってしまえばいいのに……。

 

 それから、俺はアキラと、いろんな夜店を見て回って、いろんな話をした。テニスの事も学校の事も、何でもアキラの事がわかるようで嬉しくなる。

 

 父さんと母さんが夜勤でよかった。もし今日が夜勤じゃなかったら、絶対に俺と行くって言っただろうし……夜勤万歳。

 

「そろそろ花火、始まる時間じゃね?」

 

「ん、ああ、そうだな」

 

 俺はアキラの手を引いて、花火が見やすい土手へと向かった。

 

 人混みをかき分け、俺たちは何とか川沿いの土手に座る事が出来た。既に空が暗くなっている。星がたくさん瞬いて、こんな瞬間をアキラと過ごせるなんて夢みたいだ。

 

 でも、本当に大丈夫なのか? アキラ、女の子だろ。

 

 なんか無性に心配になってきた。

 

「なぁ、俺、無理に誘ったけどアキラって家、大丈夫なのか?」

 

 花火が終わる頃には、遅くなるしな。でも、送るつもりだけど。

 

「なんか、遅い時間になって怒られねぇ?」

 

「大丈夫だよ、俺んとこ親父だけだし、仕事でいねぇし」

 

「……いないって」

 

 父親だけなんだ……知らなかった。いつも笑ってるから、そんな片親とかって風に見えなかった。なんか、聞いちゃ駄目だったかも、とか思ってしまう。

 

「あ、でも黙って来てる訳じゃねぇよ、ちゃんと友達と花火見に行ってくるって言ってあるから」

 

 そう言って、また笑う。アキラ、ごめんな、変なこと聞いて……。

 

 つうか『友達』って言葉に、俺の鼓動が一鳴り……友達、友達。

 

 俺は、アキラにとって、それ以上になれないかな――……いや、なりたい、俺はアキラの特別な存在になりたい。

 

 俺にとって、アキラがそうであるように。

 

「……そっか、良かった」

 

「お前こそ大丈夫なのかよ」

 

「ん、俺も平気だ」

 

「そっか」

 

 そうだ、プレゼント。

 

 今、渡しても平気かな……俺はポケットからプレゼントを二つ取り出した。一つは自分の腕に、そしてもう一つは、アキラの目の前に差し出す。

 

「なに、これ」

 

「リストバンド、じゃぁ〜ん、俺とお揃い」

 

 俺は自分の腕をアキラにも見せた。驚いてる驚いてる……。 

 

「俺、別に誕生日とかじゃねぇし」

 

「誕生日じゃなかったら物あげちゃいけねぇの?」

 

「ん、そんなんじゃ、ない」

 

「だろ? ありがたく貰っとけって」

 

「……うん」

 

 俺は何でもいいからお前と同じものを持っていたかっただけ、ただ、それだけなんだ。特別な日じゃなくてもいい、俺にとって、アキラが特別なんだから。

 

「まだかなぁ」

 

俺はそのまま後ろに寝転んだ。すると、アキラも俺の横に並んで横になる。

 

ちょっと、待てっ!!

 

待て待て待てっ!!

 

俺の横に、アキラが寝ている……いや、寝ているって変だけど、なんか違う。いつもと違う……寝てるんだぞ、二人が横になって……わ、バカだ、俺。いつもと少し違うシチュエーションに全身が心臓になったみたいにバクバクする。

 

ドキドキしながら、ちらりと、アキラを横目に見やった。

 

アキラ――――――っ!!

 

なんで目ぇ瞑ってんの? は? ちょ、俺おかしい。アキラはいつも横に居たじゃん、いつも通りじゃん、って違う。全然違う。なんか違う。

 

物凄く近いんですけどぉ――――っ!!

 

「あ、俺ジュース買ってくるわ」

 

俺は思わず上半身を起こした。ダメだ、横になってらんねぇ。動揺隠すのでいっぱいいっぱいだよ。

 

「お、おう。迷子になんなよ」

 

「ならねぇよ」

 

 ダメだ、まだバクバクしてる。お、俺はまだ小学生だぞ、何考えてんだ。

 

 

 

――あのまま、アキラにキスしちまいたい、だなんて……おかしいよな。

 

 

「僕、いくつ欲しいんだい?」

 

 いきなりそう聞かれてハッとした。俺、ぼーっとしてて……。

 

「あ、すみません、二つください」

 

「はいよ、タイ焼き二つね」

 

 タイ焼きって、いつのまに俺こんなとこに……え、なんでタイ焼きなんか買ってんだ?!

 

 動揺し過ぎだろ、あれ、俺なんて言って来たっけ、ジュースだっけ、なんだっけ。

 

「はいよ、二つね、毎度」

 

「あ、ありがとう」

 

 くれといった手前、断る事も出来ないまま買っちまった。ま、まぁいいや……タイ焼き食いたくなったって言えばいいんだから……つか、落ち着け俺。

 

もうすぐ、花火が始まる。早く、アキラのとこに戻らなきゃ……。

 

 

 

 

って…………アキラ―――――っ!!

 

 なんで寝てんだよ、なんでそんな可愛い寝顔してんだよ!!

 

「落ち着け、落ち着け」

 

 俺は呪文のように自分に言い聞かせ ゆっくりとアキラの横に腰をおろした。

 

 でも、俺が気になるのは周りの人混み……。俺はなんでこんなに周りが気になる?

 

 

 

 ――……みんな空を見上げて花火を待っている。それに、ここは土手でも一番高い場所……後ろに人影は……ない。

 

 

 

 

 こんな子供の俺たちを、気にする目もない……。

 

 

 

 よせ、俺――――……やめとけ、俺!

 

 

 

 でも、もうどうにも止まらなくなって、俺はゆっくりとアキラの顔に近付いてしまった。そして、あどけなく眠るアキラの唇に、俺の唇が、そっと触れる。

 

 

 

 なんだ、この幸せ感。

 

 

 

――このまま、時間が止まってしまえばいいのに……。

 

 

 

 初めて、触れた、アキラの唇。柔らかくて、温かい。

 

 

 

 

 俺、ずっと、お前の事、好きだったんだ……。

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 アキラの声に、ハッと我に返り、俺はとっさにアキラから離れた。

 

 やべぇ、やべぇ、やべぇ……もし、今『なんか唇に』とか言われたらいい訳出来ねぇ!

 

 そう思っているうちに、思わず俺は、手に持っていたタイ焼きを、アキラの唇に押し当ててしまっていた。

 

 うわ、何してんだ、俺……。

 

「うわっ……ち!」

 

 あ、起きた……アキラ、起きた……そう思ったら、なんか笑えた。俺、なんかすっげぇ悪い事したのに、笑ってごまかそうとしてる。

 

「あ、俺、もしかして寝てた?」

 

「うん、寝てた」

 

 あれ、俺ってすんなりアキラと喋ってる。

 

「何すんだよ、ったく」

 

 さっき触れた唇が、動く。

 

 俺、やっぱ悪い事したかな……でも、なんか不思議と後悔はないんだ。なんか、妙にアキラの声聞いたら落ち着いてきた。

 

 俺だけに向けられる声、言葉。

 

 なんだろう、俺だけが感じてる。

 

 キスした事で、アキラは俺のもんだって、そう思っちまってる……安心感。

 

「ジュースやめてタイ焼きにした、食う?」

 

「いらね、俺、甘いの嫌いだもん」

 

「そ、残念」

 

 俺は、何事もなかったかのように、そのままタイ焼きを食いはじめた。

 

 心の中には、呪文が広がる。

 

 アキラは俺のもん。アキラは俺のもん、エンドレスだ。

 

 そう思ってたら、アキラが俺の手にある、もう一つのタイ焼きを奪った。

 

「何? やっぱ欲しかったの?」

 

 可愛いって思える。

 

「うるせぇ、タイ焼きってのは尻尾側から食うんだよ!」

 

「そっか、尻尾側ね」

 

 アキラの言うとおり、俺はタイ焼きを、ひっくり返してかじった。

 

「今さら遅ぇつうの」

 

「あ、ホントだ。尻尾の方が美味い」

 

「同じだっつうの、馬鹿だろ」

 

 うん、俺バカだ……バカなんだ。

 

 アキラの知らないうちに、バカな事した。

 

「うおっ! 花火上がったぞっ!」

 

――でも。

 

「うわ! でっけぇな!」

 

――でも。

 

「いいぞ、もっと上げろぉ〜っ!」

 

 今は、まだ友達として、俺の横で笑ってるアキラ。

 

 でもいつか知ってほしいんだ、俺の気持ち。今日はもう気持ちが溢れすぎてて余裕ないけど、今度は、ちゃんとアキラの目を見て言いたい。

 

 夏休みが終わるまでに、好きだって言いたい。

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

「は? なんでお前いんの?」

 

 俺は今、非常に機嫌が悪いです。

 

「だって、私もテニス教えて欲しいもん!」

 

 なんでだよ、せっかくアキラと過ごせる時間に、邪魔ものはいらねんだっつの。

 

「他の子には教えてるじゃない。いつも見てたもん、楽しそうに毎日毎日」

 

 当たり前だろ、アキラは特別なんだよ。

 

「何で幼馴染の私にはダメなの?!」

 

「そんなにテニスしたかったらジュニアクラブに入ればいいだろ?」

 

「違うの、そうじゃないの! アキラに教えてもらいたいの!」

 

 マジでウザ、こいつ。

 

「おい、木下、帰れよ」

 

 アキラが来ちまうだろうが。

 

「あ、また! 木下って言った!」

 

「なんだよ、ったく」

 

「だって昔はちゃんと亜美って呼んでくれてたじゃない?! なのになんで急に名字に変わってんのよ!」

 

 そんな事、言われても……知らねっつうの。

 

「いつも教えてる子、南小の男の子でしょ、あんな子、北にはいないもん」

 

 は? 何言ってんだこいつ、アキラは女だっての。でも、こんな奴に説明すんのも面倒くせぇ。

 

俺は大きくため息を落とした。

 

「マジで帰れ」

 

「何で同じ学校より、ほかの学校の子教えるの?!」

 

 それでも亜美は、執拗に俺の腕を掴んでくる。

 

「なんでよ! 何で私には教えてくれないの?! ねぇアキラ!」

 

「うぜぇよ」

 

「ヤダヤダヤダ――――ッ! 教えてくれるまで帰らないもん!」

 

「絶対に教えねぇ」

 

「アキラ!」

 

「いい加減にしろよ、お前。しつこいんだよ。俺はな……お前みたいな自分勝手な女は大っ嫌いだっ! うぜぇ帰れ!」 

 

 ここまで言えば、絶対に帰るだろ。つか、早く帰ってくれ、頼む。

 

「もういい! アキラなんか絶交だかんね!」

 

 ようやく諦めたのか、木下は足を踏み鳴らしてコートを出ていった。木下が、ふいに誰かの横を通り過ぎた。

 

「あ、アキラ! 来たのか、早く来いよ!」

 

 そう言ったなりに、帰ったはずの木下が、振り向く。そして、アキラに向かってガン飛ばしやがった。

 

「あんたも大っ嫌い!」

 

「はぁ?」

 

 あのやろう! マジでムカつく! 

 

 俺はすぐさまアキラに走り寄った。

 

「ああ、アイツの事、気にすんなよ」

 

 アキラが俺を見て「あ、ああ……でも」と、心配そうに木下の背中を見つめている。

 

「いいから、始めっぞ」

 

「……うん」

 

 なんか、元気なくねぇか? アキラ……どうしたんだ。

 

 それでも、俺は練習を始めた。アキラの態度がやけに気になる。それに、なんとなく今日は乗り気じゃないみたいだ。

 

 なんでだよ、アキラ……あ、だんだん腹立ってきた。もしかして木下に言われた事、気にしてんじゃねぇだろうな。

 

 くそ、木下のせいで、俺まで苛立ってきた。アイツが来たせいで……。

 

「おいっ! お前、やる気あんのかよ」

 

 あ、やべ、怒鳴っちまった。でも、アキラは不貞腐れた態度を変えようとしない。

 

「お前、今日、おかしいぞ?」

 

 もしかして、体調でも悪いのか。

 

「熱でもあんのか?」

 

 俺は心配になって、アキラの額に手を宛がった。アキラになんかあったら、俺、ヤダからな。 

 

「……んな……」

 

「は?」

 

 

 

 今、なんて言った?

 

 

 

 

「触わんなって言ってんだよっ!」

 

 そのまま、アキラは俺の手を思い切り振りはらった。

 

「アキ……なに、どうした急に?」

 

「やる気、ない」

 

 アキラは俯いて、そう呟いた。

 

なんでやる気ない? マジで木下のせい? 

 

俺は小さくため息を落とした。

 

「そっか、じゃぁ今日は仕方ねぇな、明日にするか?」

 

「明日も、無理」

 

 何言ってんだ、アキラ。

 

「は? なんでだよ。折角うまくなってきてんのに、もったいない。夏休み終わって学校違うとかだったら気にすんなよ。どうせ家近いんだろ? いつでも……」

 

 俺はあの日、結局、ここまで送って来たけど、アキラに一人で帰れるからって途中で別れたんだ。でも、それでも、ずっと一緒に居られるって信じてたから、帰したんだ。

 

 なのに、なんだ、これは。

 

「うるせぇよ!」

 

「アキラ?」

 

「俺は、初めからテニスなんかやる気なかったんだ! なのにお前が無理やり誘うから、来てやってたんだよ。察しろよ!」

 

 そこまで言われて、俺はどうすればいい。

 

 あ、わかんなくなってきた。

 

 もしかして……一番考えたくなかった事が過る。

 

「もしかして、嫌だった?」

 

 なんで、そんな悲しくなるような事、言うんだよ。じゃぁなんで、今まで言わなかった?

 

 嫌だって、もっと早く言ってくれてれば……早く……言ってくれてれば。

 

 なんだよ、ため息ばっか出やがる。なんで否定してくれねぇんだよ。

 

 それでも、俺の気持ちは変わらなかったはずだ。俺は、お前と居たくて、ずっと……あ、やべ、泣きそう……。

 

 俺は、そんな顔を見られたくなくて、アキラに背中を向けた。

 

 やばい、震える……アキラ、なんでそんな事、言うんだよ。

 

「俺、もう来ないから」

 

 アキラが追い打ちをかけるように、そう呟いて、背中を向けたのを感じた。

 

 引きとめろ、と俺の心が叫んでる。でも、喉の奥が熱すぎて、声、出ねぇ。

 

 アキラが歩き出す気配が伝わる。

 

 このまま、終わるなんて――……嫌だっ!

 

 俺は、まだ何も言ってない……アキラに、気持ち、伝えてない。

 

「俺……待ってるから、ずっと」

 

 やっと絞り出した声は届いたのかわからない。だけど、アキラの足が止まる事はなかった。

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

 夏休み最終日、今日まで毎日、俺はアキラを待っていた。

 

 練習する気なんか全然なくて、ただ、待ってたんだ。

 

 雨が頬を濡らす中、俺の涙も一緒に流れる。

 

 マジで来ないつもりか、アキラ。

 

 このまま、会えなくなるのか……?

 

 だったら、あの夏祭りの日に言っておけばよかった。せめて、俺に気持だけでも……そしたら、こんなに後悔することはなかったんだ!

 

 忘れる事なんかできない。絶対に出来ない。

 

 そのまま時間だけが流れて、俺の気持ちが救われる事もなかった。

 

 

 

 あの日までは――……。

 

 

 

 がむしゃらにテニスに打ち込んで、中学の全国大会の切符を手にした時だ。その場所に、アキラがいたんだ。

 

 アイツは、テニスなんかする気はなかったと言った。なのに、なんで……ここにいるんだ。

 

 俺はかなり動揺したのを覚えている。

 

 でも、その半面、嬉しくて仕方なかった。

 

 また、アキラに会えたんだって思ったら、まだ、俺たちは繋がってるんじゃないかって思えたから。

 

 あれから二年、髪も伸びて、やけに大人びてて、そして綺麗になっていた。

 

 俺が見間違うはずなんかない。

 

 全国()大会()に来ればまたアキラに会える。そう思ったら、また、どんどんテニスに打ち込めた。そして見つめていた。

 

 綺麗になっていくお前を――。

 

 強くなっていくお前を――。

 

 アキラは気付いていただろうか、俺が、近くに居る事を。

 

 そして、高校受験の時、俺が前島を蹴った理由は一つ。

 

 ひょんな事からお前が、藤木を受けるって知ったからだった。

 

 今度こそ、お前に伝えられる。後悔しないように、ちゃんと目を見て言える。

 

 そう信じてた。

 

 

 

加藤……アキ……だよ

 

 

 

 

 

 その言葉を聞くまでは――……。

 

 





 

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