〜 告白 〜 



 

「なぁ、陽。次、移動の前に購買付き合ってよ」

 

 佐々木が両手を合わせてお願いポーズをとってくる。

 

「やだ」

 

「なんで――っ?」

 

「なんででも。一人で行け、ばーか」

 

「ケチ」

 

 佐々木は脹れっ面をしたまま、俺の席の前に座る。

 

なんだよ、購買行くんじゃねぇのかよ。

 

佐々木、あんた購買くらい一人で行きなさいよ」

 

「うるせぇよ木下。お前だっていつも陽に『付いて来てぇ〜』とか言うだろ」

 

「私はいいのよ!」

 

「なんだ、それ」

 

 ああ、うるさい。もう二人ともどっか行けよ。

 

つか、俺は少しでも陽の隣に居たいんだよ。教室の移動も、俺は晶の後に行くんだよ。

 

 あれ、これって軽くストーカーじゃね?

 

 ちらりと、俺は晶を流し見る。今日もまた、長田と仲良く喋ってる。でも、どっか上の空っぽくね? 長田だけが一生懸命喋ってるよ。

 

「ねぇ、アキ」

 

 ほら、長田も気付いた。

 

「な、何でございましょう」

 

 なんだ相変わらず、ぎこちねぇ喋り方だな。もう、いいだろ、昔みたいに普通に喋れば。でも、なんか変に一生懸命で、そこが可愛かったりするんだよな。

 

「やっぱり聞いてなかった」

 

「え?」

 

「だからぁ、私受かったの!」

 

「え? なにに?」

 

 ばーか、ちゃんと長田の話聞いとけ。長田はちゃんと勉強して、テニス部のマネージャーに受かったんだろうが。

 

「もしかして、マネージャー?」

 

「そう!」

 

「そう、良かったじゃん」

 

 ああ、俺も晶と喋りてぇ! なんでこんな近くに居んのに、あんま喋れねぇんだよ。

 

 いつも喋りかけてくんのは他の奴らばっか……俺だってその会話に入れてください。でも、突然入ったら違和感ねぇかな……って、俺、どんだけ臆病者?

 

「ん、でもそうでもないの……」

 

「何で? だってあんなに頑張ってたじゃん」

 

 これはテニス部の話だよな。だったら、俺も自然にその会話に入れんじゃね?

 

「へぇ、新しいマネージャーになったんだ、長田さん」

 

 やべぇ、俺の声大丈夫か? 変に上擦ってねぇか? 

 

 とにかく、笑っとけ、俺。

 

「そうなの! 女子のだけど」

 

 ナイス長田。突然話しかけて『は?』とか言われたら経込むからな。

 

 長田が良い感じに返事してくれたおかげで、俺って自然じゃね? 長田、俺を入れてくれてありがとうって叫びたいくらいだ。

 

「おめでとう、ま、初めてだろうしアキに何でも教えてもらえばいいよ」

 

 やばいやばい。アキの名前口にするだけで緊張感マックスだ。

 

「うん、そうする! 教えてね、アキ」

 

「教えるって、え?」

 

「また聞いてなかった〜、あのね、私、男子のマネージャーにはなれなかったの。でも女子になれたから、それはそれで嬉しいんだよ」

 

「ま、まぁ残念だった、ね」

 

「全然、残念じゃないよぉ! アキと部活でも一緒に居られるし嬉しいの」

 

 ホント、長田って嫌みのねぇ奴だな。ちゃんと晶の事、受け止めてくれてるみたいだし。

 

「よぉ! 聞いたよ長田さん! 残念だったねぇ、男子じゃなくて」

 

 いらない……こいつだけはいらねぇ存在。

 

 服部の奴、また来やがって。折角、俺が晶の視界に入ってるってのに、めっちゃ邪魔なんだけど。

 

「うん、でもいいの」

 

「そう? 俺は長田さんに男子に来てもらいたかったのになぁ」

 

 マジで誰でもいいのかよ、こいつは……測れねぇ奴だな。

 

「おい、服部、お前二組だろ、毎時間よく来るな」

 

 よく言った、佐々木。お前も少しは役に立つんじゃね? そのまま自分の教室に帰れ、服部。

 

「いいじゃん別に、ダメって決まりないだろ。悪いか」

 

「悪かねぇけど」

 

 おいおい、そこで引くなよ。

 

 でも佐々木は、ひょいっと長田の耳元に近付くと「狼には気をつけて」と言った。

 

 その言葉に、どんどん長田は頬を紅潮させていった。

 

 ああ、長田は服部が好きなのか。

 

「ばっ! 違うだろっ!」

 

 でも、佐々木の言葉を真に受けたのは、長田ではなく、服部だった。

 

 いつにない慌てぶりだ。

 

 柄にもなく赤くなってるし……こいつは、長田に悪いと思って言い訳してんのか。

 

 それとも、晶の前だからか。

 

 そう思っていると、服部はぐいっと晶の肩に手をまわした。どうやら後者の方だったらしい……つか、何やってんだよっ! 今すぐ離れろっ服部!!

 

 俺は、何も出来ない自分に腹が立って、ギュッと拳を握りしめた。

 

「俺はアキに会いに来てんの!」

 

「え?! マジかよ!」

 

 マジかよじゃねぇよ、佐々木! てめぇのせいでこうなったんだろうが!

 

「マジだよ、なぁ、アキ?」

 

 気安く晶の名前を呼ぶんじゃねぇ!

 

「し、知らね、ない、わよ!」

 

「知っとけよ! 俺はアキ以外は見えませ〜ん」

 

 見えないのは俺だって同じだよ! お前が晶を好きなのも知ってる。でも、だからって、俺の目の前で、そんな……肩なんか。

 

「ねぇ、だからアキも他の男見ないで」

 

 一瞬の出来事に、俺の頭が真っ白になっていった。

 

 なにが起きた? 今、服部の奴、晶に何した?

 

 

 

――キスだ。

 

 

 

 こいつ、俺の前で晶にキスしやがったっ!!

 

 例え、それが頬だとしても、許せる範囲じゃねぇ!

 

 俺の拳が震える……いや、全身が、心が全部、震えている。

 

 しかも服部の奴、キスしながら、俺の事を見てやがった!

 

「ばっ、ちょ、てめっ!」

 

 変な挑発かましやがって、今すぐにでも殴ってやりたいくらいだ!

 

 晶は、懸命に服部から離れようとしている。でも、服部は、晶の肩にまわした腕を解こうとはしない。

 

「てめ、マジで!」

 

 くそ、くそっくそっ!!

 

 体が動かねぇ……晶、俺はどうすればいい……このまま服部の挑発に乗ってしまえばいいのか。

 

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 でも、ふいに口を突いて出た言葉がそれだった。

 

 自分でも驚くくらい冷静な声だった。心の中は怒りでいっぱいなのに、態度には出てこない。ただ、冷ややかに晶を見てしまった。

 

 警戒心のなさに苛立つ。

 

 服部に触られている、キスされた晶に……苛立つ。

 

「馬鹿じゃねぇよ」

 

 俺の言葉に返してきたのは、服部だった。

 

 ようやく、晶の肩から、服部が離れた。さっきまでは佐々木の言葉一つに踊らされていたくせに、俺には冷静な態度で出てきやがる。

 

「ここ、教室だぜ?」

 

「だから、なに?」

 

 やけに喧嘩腰だ。そのまま、俺の目の前に立つ服部を、俺は見上げた。

 

「予選も近いのに、女に現を抜かしてんじゃねぇって言ってんだよ」

 

「は? 何、やきもち? テニス馬鹿が……」

 

 こいつ、わかっててまだ挑発するのかよ、ムカつく。

 

「誰がそんなもん焼くかよ!」

 

 なんで俺はこんなにも素直になれないんだ。普通にやきもちだって言えばいいのか。

 

 でも、そんな事したら、晶が俺に嘘をついた事まで言ってしまいそうで怖い。

 

 始めからバレバレだけど、名前を偽ってまで、晶が隠したい俺たちの過去なんだろ。ここで言ったら、俺は晶を傷つける事にはならないか?

 

「ならいいけど……」

 

 いいけどってなんだよ。

 

服部は「でも」と付け足して言うと、更に俺に顔を近付ける。

 

「惚れた女に気持ち言って何が悪い? お前だって本当は言いた……っ!」

 

 その瞬間、俺は服部の胸倉を掴んで立ち上がっていた。そして、服部の顔に更に近付き、耳元で怒りを露わにする。

 

「てめ、それ以上言ってみろ」

 

 互いに暫く動けずに、絶対に譲れないんだと瞳がかち合う。

 

「なぁ、おい、お前らそれくらいにしとけって」

 

 元はと言えばお前のせいだろうが! 

 

 俺はそんな思いを佐々木に視線でぶつける。

 

 佐々木はそこで遠慮がちに身を引いたけど、でも服部は、俺に胸倉を掴まれているにも拘らず冷静に笑っている。

 

「ま、いいけど」

 

 そう言って、服部は俺の腕を振り解くと、背中を向けた。

 

「俺はお前とは違う」

 

 そう言い残して、服部は教室を後にした。俺の拳が震えて止まらねぇ。

 

 なにが違うってんだ、くそっ! 晶に対する気持ちは負けねぇ! ただ違うとすれば、口に出しているかいないかだろうが。

 

 俺は大きく舌打ちをかまし、そのまま椅子に座り、机に突っ伏した。

 

 今はもう、誰も俺に構うな!

 

 そんな態度を周りに示していたと思う。

 

「あ、なんか気にしてる? アキ」

 

「え、あ、いや、その」

 

「大丈夫よ、私。服部君にライバル多いの知ってるし、しかも好きな人がいるなんて普通だし、だからって、私、諦める訳じゃないし」

 

 長田、強いな。

 

「え、何? やっぱ長田って服部好きなの?」

 

 今頃何言ってんだよ、佐々木の奴。ばかみてぇ。

 

「うん! 大好き!」

 

 お前もはっきり好きって言えるんだ……それに引き換え、俺は……。

 

「へぇ、なんかごめんね、俺、余計な事言っちゃったみたいで……まさか、こうなるとは」

 

 そうだよ、全部お前のせいだろ。お前なんか早く購買行ってればよかったんだよ。なんでいつまでも居座ってたんだよ。

 

「加藤も、ごめん」

 

「え?」

 

「だって、長田とせっかく仲良いのに」

 

「何言ってるの?! 私は好きな人がアキを好きでも嫌いになんかならないよ!」

 

「……京子」

 

「あ、アキ?」

 

「あれ、啓介の悪ふざけだから……あいつとは幼馴染で、なんでもねぇよ、だから」

 

 だから? ただそれだけ?

 

 悪ふざけであんな事出来るかっての……マジで晶って鈍いのか。

 

 ただの幼馴染なら、どんなに良かったか……。

 

「わかってないなぁ、アキ」

 

「え?」

 

「私は大丈夫って言ったでしょ? そうやって言われる方が辛いんだよ?」

 

「え?」

 

「もう少し、恋の勉強しようか……あ、なんなら私が教えてあげてもいいけど」

 

 教えてやってくれ、頼む、晶にもう少し男に対して警戒しろって。

 

「なに、を?」

 

「だから、アキも好きな……っ……ふが」

 

 

 

 

 今のは何だ……アキも? 好きな?

 

 何を言おうとしたんだ長田! なんで途中でやめる?

 

 それは『アキも好きな人には言え』とか言うやつか?

 

 待て、それじゃ、晶にもやっぱり好きな奴がいるのか?

 

「……苦、しい」

 

「あ、ご、ごめん」

 

「ぷはぁ――――っ!」

 

 口でも塞がれてたか……晶も言えないでいるって事か……誰に?!

 

 くそ、またイライラしてきた。

 

「ああ苦しかった、ごめんね」

 

「あ、でも俺もショック〜つうか、はは」

 

 まだいたのかよ、佐々木の奴……ショックは俺の方だっての!

 

目の前で好きな女が、他の男にキスされてたんだぞ?!

 

しかも晶には好きな奴がいるって感じなんだぞ!

 

「俺も長田の事、ちょっといいなぁって思ってたし……」

 

 

 

 

 なんで、そんなにみんな、自分の気持ちが言えるんだよ、俺に教えろよ……どうすれば、何も気にせずに、気持ちを伝えられるんだ。

 

 

 

 

「なぁ、服部にもフラれた事だし、ここは俺で我慢とか」

 

「する気ない!」

 

「あ、そう」

 

「あ、予鈴鳴ったよ、次移動だったからほとんど誰も教室に居ないね」

 

「やっべ、そうだった!」

 

「おいおい、移動ってどこだよ!」

 

 そう言って、教室に残っていた数人が慌てている。

 

 でも、俺、動く気ねぇ……つうか、今さら顔を上げる気力もねぇ……。

 

「ねぇ、陽、次移動だって」

 

 木下が、俺の肩を揺らす。

 

 うるせぇな、わかってるよ、構うな。

 

 何度も揺すられたけど、それでも、俺は意地になって体を起こさなかった。

 

「もう、知らないからね!」

 

 そうだよ、放っておけよ。木下には何も関係ないんだから。

 

 

 

 

 誰もいない教室に一人。

 

「静かだな」

 

 俺はポツリと漏らすと、ようやく上半身を起こした。

 

 そして、俺は誰の視線も気にすることなく、隣の席を見つめる。

 

 晶、俺はお前に、この気持ちを言ってもいいのか?

 

 なんでここまでお前を好きなのかなんて――……たぶん、理屈なんて何もないんだ。

 

意地でもないし、嘘でもない。初めて会った時からお前しか見えない。

 

お前の傍に居るだけで、ドキドキして、ただ嬉しくて、それは昔から変わらなくて。

 

優しさに触れた時から、もう、お前しか、いらなくて……。

 

 

 

『俺はお前とは違う』

 

 

 

 違う……服部と俺、なにが……違う?

 

 俺はただ、はっきりと気持ちが言える服部に嫉妬しているだけなのかもしれない。俺は、アイツと同じ土俵に上がってもいいのか?

 

 アイツは素直に、晶が好きだって言ってる。その点俺は素直じゃねぇ……そこが違いだろ。でも、俺には言えない。

 

 晶が……あのアキラだって認めてくれない限り、前に進めないんだ。

 

 もしかしたら、迷惑なんじゃないかって思えるんだ。

 

 でももし、晶が久しぶりに会った時点で『俺、アキラ、覚えてるか?』とか言ってくれてたら、少しは違ったか? そしたら今は、自然に昔みたいになってたか?

 

 俺は、気持ち言えてたか?

 

晶はなんで、そんなに隠したがるんだよ。

 

「って、俺、どうしようもねぇな……」

 

俺、こんな時にまで晶のせいにしようとしてる。

 

 ちきしょう! 

 

言えないのは俺も同じ……晶が、隠したい過去だからじゃない……俺に、勇気がないだけじゃんか!

 

 

 

 俺は、ゆっくりと立ち上がり、晶の机の横に立つ。そして、その机を撫でた。

 

 気持ちが溢れて仕方がない。

 

 欲しいのは、お前だけ。

 

 

 

 

「……晶……俺は、お前が……好きだ……」

 

 

 

 

 誰もいない教室で、俺は一人、呟いていた。

 

 




 

 

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