〜 もやもや 〜
「十五分休憩」
寺倉先輩が、そう言って、何も言わずにコートに広がる球を拾い始める。
休憩と言われたが、先輩が拾っている以上、誰もがその後に続く。相変わらず、久石はすぐにベンチに向かい、グイッとマネージャーに差し出されたお茶を飲んでいた。
どうにもならん先輩だな……そう思いながら球を拾い終わり、ベンチに向かおうとした時だ。
目の前に、新しくマネージャーになった女二人が、タオル片手にもじもじとしている。一人は寺倉先輩を見つめ、もう一人が……俺?
あ、名前、なんだっけ……覚えてねぇや。
まぁ、マネージャーなんだし、断る理由もなく、俺はその目の前のタオルに手を差し伸べようとした。
「ありが……うっ!」
突然、横から俺の顔にタオルが当たる。しかも、頼んでもいないのに拭きにかかった。
「ちょ、やめ……」
俺は慌ててそのタオルを取り上げた。
「木下?!」
「なによ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
なんでこいつ、ここにいんだよ。そう思い女子コートを見る。
ああ、あっちも休憩か……じゃねぇよ。
「つか、てめぇはあっちのコートに行ってろよ」
「なんで? いいじゃない、はい、お茶」
そう言って俺にお茶を差し出す。
「お前、マネージャーでもなんでもないだろ」
「だから気にしないで、女子も休憩中だから」
そう言う意味じゃねぇっつうの。いくら休憩中でも、マネージャーでもない女に世話させる訳にいかねぇだろ。
「ちょっと! あんた陽君の彼女でもないでしょ?! 離れなさいよ!」
「そうよ! 女子はあっちへ行きなさい!」
「マネージャーでもないくせに!」
フェンスの向こうのお姉さま方が叫んでいる。
ああ、うるさい。
でも、俺は喉が渇いていたせいもあって、手っ取り早く目の前にあるお茶を飲み干した。もう何でもいいや。とりあえず飲んどけ。
「いやぁ――っ! 陽君! そんなお茶飲まないで――っ!」
俺に死ねってか? 茶くらい飲ませろ。別に毒入りでもねぇんだし。
「なんでそんな女のお茶飲むの!」
別にこいつのだから飲んでんじゃねぇよ、お茶くらい誰のでもいいっつうの……ったく、マジやってらんねぇ。
そのまま俺は、コップを木下に返して、ベンチまで行って腰かけた。
「陽君! こっちに来て」
くそ、二時間走りまわって疲れてんだっ……つか、なんで俺がわざわざそっちに行く必要あんの? 訳わかんねぇ。
なんでこうも女はキャーキャーうるさいんだろう。
それに比べて、晶は……大人しいっつうか……昔と比べて物静かっていうか。そういえば晶は、違う意味でうるさいほど笑ってたのに……時間ってそんなに女を変えるもんか?
まぁ、それも違う意味で綺麗に変わったけど。
でも今、もし晶にあれだけ騒がれても、嫌な気持ちにはならないんだろうな。
「お〜い! アキ!」
また服部の奴……アキに手なんか振りやがって、ホント、どいつもこいつもムカつく奴ばっかだな。
ちらりと俺は服部ファンの女を見流した。あれだけうるさかった女どもが、何も言わないで大人しくしている。
「へぇ」
よっぽど、前の言葉が効いたんだろうな。
それでも、あいつらは服部が好きなんだな……好きって思いは、そんな簡単に諦められるもんじゃねぇってか。
なんか、俺自身を見てるようだ……ただ、見つめていられればいいとか……。
「なに?」
晶の声……服部に返事してる。つか、答えるな、晶……無視してろ、無視。これ以上俺をイライラさせるな。
ほら、長田も見てるぞ、お前の事……まさか服部に好意を寄せてる友達の前で行動起こさないだろ……って、俺が甘いのか、それとも晶が鈍いのか。
晶は、ベンチから立ち上がって服部のところまで行こうとしている。
「ねぇねぇ、俺にはタオルとかないの? お茶とか持ってきてよ」
ねぇよ、そんなもん。晶からお前にくれてやるもんは何一つねぇっつうの。
ほら見ろ、お前の余計なひと言で、晶はまたベンチに戻っていく。
ざまぁみろ、晶も来るのを諦めた。でも、すぐさま立ち止まって、何か考えているみたいだ。
「ねぇ、陽」
「うるせ、黙ってろ」
「んもう、冷たいんだから」
冷たいもくそもねぇよ、お前が勝手に男子コート来て、ちょっかい出してくるんだろ。なんでわざわざ俺がお前を構わなきゃならない。
「アキ?!」
そして、そう呼ばれてすぐさま、晶はまた踵を返し、服部の元へと向かう。
なんでだよ、晶……なんで、そいつのところに行くんだよ。
「やった、アキ来てくれた」
面白くねぇ……。そう思って見ていると、今度は晶が、ぐいっと服部の肩を掴んで引き寄せた。
な、何してんだ……あいつ?!
何か耳元で話している。でも、会話なんか聞こえねぇ……つうか、なんでそんなに近くで話す必要あるんだ?
「あ、やだ、あの二人、もしかして出来てるのかな」
出来てるってなんだよ、それは付き合ってるとか言いたいのか? ムカつく事言うなよ。
「あは、お似合いじゃない?」
冗談じゃねぇ。
「木下、お前、いつまでここに居んの?」
「ええ? なんで? 休憩終わるまで?」
俺は大きくため息を漏らした。
「うぜ」
なんで、俺の横に居るのが、お前なんだよ。
そうこう気になりながら思っていると、晶が、ちらりとフェンスの方を見た気がした。そして、そのまま、また服部の耳に唇を近付ける。
――晶っ!
俺は、その行動の訳がわからないまま、手に持ったタオルをギュッと握りしめた。
面白くねぇ、全っ然、まったくもって面白くねぇ!!
服部は、晶に向かって笑顔でVサインなんかしてる。
すると、突然、真剣な表情で何かを呟いたようだった。その瞬間、晶の顔が真っ赤に染まって、慌てて女子ベンチに走っていった。
なんで動揺してんだよ。
なんて言った?
なんて言った、服部?
俺の心がざわめきを増す。抑えきれないほどの嫉妬の嵐で、渦巻いている。
なのに、俺の心の内を知ってか知らずか、服部は、何事もなかったかのようにベンチに戻って来た。
「あ、服部君もラブラブだったね〜」
そう言って木下が服部を茶化す。
うるさい、木下黙ってろ。
「あはは、そう見える?」
何言ってんだこいつら……訳わかんね。どこがラブラブだったっつうんだよ。
「お前、いい加減に女子ベンチ戻れよ」
俺は自分の握るタオルに視線を落したまま、呟いた。
「え? なんで?」
「なんででもだよ!」
少し荒げた言葉に、木下は何の反抗もせず、いそいそと帰っていく。
「なに怒ってんの?」
あっけらかんと服部が聞いてきた。
お前のせいに決まってんだろうが……俺は、まだ顔を上げられない。
でも、聞かずにはいられなかった。晶のあの動揺振りは、普通じゃない。
「なんて言った?」
「は?」
「とぼけてんじゃねぇよ……さっき、あいつに、なんて言ったんだよ」
下から睨みあげるように、俺は服部を見据えた。さっきまでチャラチャラしてた表情が、スッと真剣に変わる。
「なに、気になる?」
当たり前だ、そう言おうと思ったら、服部の方が先に、俺の言葉を遮った。
「俺さ、お前のそう言うとこ嫌い」
「はぁ?」
何言ってんだコイツ。
「アキの前では平気そうな顔してるくせに、好きじゃないっていう態度なくせに、いざとなるとこういうの……陰で嫉妬全開とか、なんか嫌い」
お前に何がわかるんだよ。俺だって声を大にして言いたいんだよ。でも、言えないのは……あいつの迷惑そうな顔を見たくなくて……。
そう思ってたら、スッと服部が耳元で囁いた。
「絶対に俺の方が好きって気持ち上だから」
「なっ?!」
俺の方がっ! 服部を見上げ、そう言ってやろうかと思ったけど、さっきまでの真剣な表情がそこにはなくて、妙にへらへらしてたから、そんな気がなくなった。
力が抜けるって言うか、どこまで本気なのかも掴めない。
ここまでサラッと思ってる事言えるのは、なんでだ。
「俺、絶対に渡さないよ」
追い打ちをかけるような、その言葉に俺は、更に強く拳を握る事しか出来ない。
俺の思ってること全て、服部に言われてるようで、悔しさが堪らなく込みあげてくる。
同じ気持ち……だから悔しい。なにも進めてない、自分自身が腹立たしい。
イライラする。
そう感じている傍から、服部は俺の目の前を進んでいく気がする。今もまた、その笑顔で、晶に向かって手を振っている。
俺には出来ない事を、平気でやってのける。
でも、俺だって譲れない。
絶対にだ。
そう思い、俺は服部を残して立ち上がると、ゆっくりと寺倉先輩の方に向かった。
「先輩」
「ん? なんだ、江口」
「ちょっと、相談があるんですけど……」
「いいよ、何?」
俺も渡さない。
晶の隣は、俺だ。