〜 指名? 〜
「てめぇ、汚ねぇぞ!」
いきなり服部に指をさされ、汚いと言われる覚えは…………ある。
「汚くねぇよ」
俺はそっぽを向いて答えてやった。
「まぁまぁ」
「絶対に汚ねぇだろっ!」
寺倉先輩を挟んで言う事じゃねぇんだけど……服部は思い切り俺の胸倉を掴んで揺さぶってくる。気持ち悪ぃんですけど?
「なに、お前らっていつもガキみたいな喧嘩してるのな」
「ガキじゃないです!」
服部は全力で否定したけど、俺は、まぁ、そうかな、と。
前の球拾いといい、今回の事といい……決して大人って言えるもんじゃねぇかもしれない。つか、俺らまだ高校生だし、ついこの間まで中学生だったし、ガキって言われても仕方ない訳で。
「それより、なんで先輩、許しちゃったんですか?!」
今度は怒りの矛先を寺倉先輩に変えた。でも、さすがに先輩に胸倉は掴めないらしく、ぐっと両拳を握って我慢してるみたいだ。
服部の怒っている理由、それは、俺が晶とミックスを組むからだ。
俺も服部も、ついでに晶もシングルだった。でも、それじゃ、俺はいつまで経っても晶と一緒になんて出来ない。
だから、俺はこの前、寺倉先輩に頼んだんだ。
俺を、シングルからミックスに変更してくれって……。
俺はダブルスも経験済みだし、その後はずっとシングルで戦ってきた。でも、これを機にミックスも経験してみたいって言ったら、あっさりオッケーを貰った。
それで、相手も、全中優勝してる晶の名前を出したら、これまた即オッケーだった訳で。
どうせ、シングル枠が一年には一つしか開いてないって聞いてたし、服部もシングルだし、ここで俺が抜けますよって言ったら、寺倉先輩は喜んでたな。
俺が言うのもなんだけど、シングルに二人の実力者、どちらを出すか先輩だって悩んでたはずだ。それに、試合最後の三年を削る訳にもいかなかっただろう。
「まぁ落ち着けって、そのおかげで服部もシングル出れるし、一石二鳥って言うか」
「だったら俺もミックスに」
「無茶言うなよ」
寺倉先輩の困った顔を見て、服部もようやく諦めた表情を見せた。そして俺を睨んでくる。
「お前、アキの足引っ張ったらゆるさねぇぞ」
「まさか、俺が引っ張る訳ないじゃん」
そう言って、にっこり笑ってやった。
「なぁ、やっぱ俺がアキと……」
「い・や・だ・ね!」
ここまでくると、服部の言うとおり、俺も根性汚ねぇな。でも、晶と一緒に出来る、それだけがこの高校に来た一番の理由だったから、譲れない。
でも、例え服部の存在がなくても、俺はミックスに行って晶を選んでたんだ。成るべくしてこうなったんだよ。諦めろ、服部。
「じゃ、そゆ事で、はい、集合!」
先輩が部員を集め、今度の予選の組み合わせを発表しはじめる。
次々に、予選選手の名前が発表されていく。
たぶん女子も、今、話してるとこだろう。
晶、俺はお前と一緒に、コートに立ちたいんだ。
「じゃ、来週からダブルとミックス選手は学校のコートで練習。で、シングルの選手は来週から市民コートへ行ってくれ」
思い切りブーイングを叩きつけたのは服部だという事は言うまでもない。
「なんで俺がアキと離れて練習? 納得いかねぇ〜!」
言いながら服部は俺を睨み続けるけど、後の祭りだよ。
そう思っている間にも、女子コートからも悲鳴のような声が聞こえた。でも、もう俺の気にする範囲じゃねぇし。
久しぶりに気分いいかも。
今まで散々イライラしてて、まともに晶の事、見ていられなかったからな……って、俺、また思いっきりストーカーみたいな妄想。
***
女子は既に練習を終え帰った後だった。
もう八時をまわっている。男子もようやく練習が終わり、コート整備も済んだ。コート内を照らしていたライトが消され、一気に闇が訪れる。
空も暗く、星が瞬く。
あの時のような星空だ……晶と行った、夏祭りの……。
「って、やべ」
俺、晶とキスした事思い出しちまった……やばいくらいに今、俺顔真っ赤だぞ。
よかった、ライトが消された後で……明るかったら変な妄想してる奴にしか見えねぇ。
片づけた後、部室に戻った俺たちは、それぞれが帰宅の準備も済ませ、部員もパラパラと帰っていく。
「お疲れっしたー!」
「お疲れさ〜ん」
そんな中、寺倉先輩が一人、着替えもせずに、椅子に座ったまま大きな溜息をついていた。
「どうしたんですか?」
そう先輩に聞くと、やはり困ったような顔をした。
「あ、俺をミックスに出したくなりました?」
服部もまだいたのかよ……つうか、先輩が代えるって言っても俺は代わらねぇっつうの。
「いや、それはない」
その一言で服部は「そうっすか」と、がっくりと肩を落とした。
「で、どうしたんです?」
俺は改めて聞いた。
「いや、女子がな」
「女子が?」
先輩は、そこでまた大きくため息をひとつ。
「江口のパートナーに、すんなり了承してくれなくて」
「え?! マジッすか?!」
なんで?!
正直驚いた。まさか、そこまで晶が俺を拒否ってるって事か?
そう思っていると、横では服部がくくっと笑いをこらえているのが視界に入った。
「てめぇ、笑ってんじゃねぇよ」
「ああ、悪ぃ悪ぃ……でも、笑える……くく、拒否られてやんの、くく」
「あ、いや、違うんだ、加藤が江口と組むのを拒否ってる訳じゃなくて」
「え、どういう事です?」
その言葉を聞いて、俺は心底安堵した。
晶が組むのを嫌がってる訳じゃないんだな。だったら、なんで。
すぐさま服部は舌打ちをして、にやけた顔を今度は膨らませた。
「その、一年の木下って子が……」
「木下? あいつが何を?」
「その子がさ、江口と組むのは私だって言って聞かないらしくて」
「はぁ?!」
あのやろう! 余計な事言いやがって!
俺はそんな事を思いながら、服部を見流した。がっちりと目が合う。
「まるで、誰かさんみたいな駄々こねですね」
そう言って、今度は俺が笑ってやった。
明らかに服部は膨れ面になり、そっぽを向いた。
「でも、俺、木下とじゃ組みませんよ」
そう言って、俺はまた先輩を見据える。またため息。
「わかってるって、そりゃまぁ、実力付いてこないだろうし、出るならやっぱチームとしては上狙いたいしな」
「ですよね」
わかってんじゃん、先輩も。だったら、何を悩む必要がある。そのまま俺たちの意志を伝えればいいだけじゃないか。
「なんか、明日の午前に試合するみたいだよ」
思いもよらない言葉が、先輩の口から飛び出した。
「は? 誰が?」
「その木下って子と、加藤……」
「何のために」
「なんでも、その試合で勝った方が江口と組むんだって」
「勝った方って……」
やるだけ無駄じゃね? だって木下が晶に勝てる訳ねぇし。
「モテモテだね、江口」
それが冗談なのか本気なのか、俺は苦笑いを返すしかなかった。でも、晶以外にモテても仕方ねぇし。
「……面白れぇ、俺、見に来ようっと」
服部が呟きざまに立ちあがり「お疲れでした」と言って部室を出ていった。
でも『面白い』その言葉の意味は、たぶん木下が勝てないのにって事だろう。晶の事を知っている奴なら、絶対にそう思う。
「でも、なんで先輩、悩んでんすか? どっちが勝つかなんてわかるでしょ」
そんな簡単な事なら、悩む必要ねぇのに。
「いや、万が一だよ、万が一……加藤と組めなかったら、絶対に江口も出ないって言うだろ」
「ああ、まぁ……ですね」
なんだ、そんな事か……心配するだけ損だな。
「やっぱりなぁ〜……あんだけ加藤と組みたがってたもんな〜」
そう言って、先輩は頭を抱え込んだ。
それにしても、万が一もくそもねぇっての。
晶は絶対に勝ちに来る。負けず嫌いだからな……いや、そうでなくても絶対に勝てる。
木下の奴、晶を甘く見過ぎなんだよ。毎日、晶の事を敵視して、負ける事まで挑むなんて、浅はかだ。
「まぁ、俺も明日見に来ますけど、心配いらないと思いますよ」
そう言って、俺はカバンを持ち、ドアへ向かった。
「じゃ、先輩、お疲れでした」
「ああ、お疲れ」
そんな気力のない先輩の声を背に、俺は部室を後にする。
なんの心配もいらない。
必ず、晶は俺の隣に来るってわかってるんだから。
晶、そうだろ?
お前も今、この星空を見てるか?
このきれいな空は、昔とちっとも変らないのに……なんで俺たちは……昔のようになれないんだろうな。
昔は近いと思ってた存在が、今は遠過ぎる……また、お前と肩を並べて歩きたいとか、それも遠い夢なのか。