途中、コンビニで全国地図を買った以外に、どこにも立ち寄る事もせず、ただひたすら太郎は車を走らせた。車にはナビも付いてはいたが『神楽御村』などという村どころか、そういった名前さえ存在しなかった。
半信半疑のアサミの気持ちにも気付かないまま、太郎はとりあえずと言わんばかりに、首都高渋谷線に乗り、幾つものをjct乗り継いで、関越自動車道に入った。
有無を言わさず、新潟へ一気に行くつもりだ。
「本当に、そこに行って会えると思う?」
アサミの呟きのような声を太郎は拾ったのか、チラッと視線を向けた。
「わからないけど、俺達の占って欲しい事を、あそこまでズバリと言い当てられちゃ信じるしか出来ないだろ?」
「……」
アサミには返す言葉がない。
「もし、嘘だったとしても、確かめないまま嘘だと決め付けるより、自分の目で何もなかったんだ、って納得したいんだ」
今まで自分なりに探してきた答えに、進展などなかったに等しいのだ。きっと太郎の今の気持ちは、藁にも縋る思いなのだろう。半分はアサミにだって、それに近い気持ちがある事は確かだった。
東京を離れ、どれくらいの時間が経ったのだろう。延々と続く関越自動車道の、似たような景色にうんざりしかけ、会話も暫らく途切れていた頃だ。
二人はようやく『北陸自動車道』の看板を目にした。
時はそろそろ、夕刻に近い。
「ここからだと、もうすぐ着くから」
太郎は、まるで自分に言い聞かせるように言った。
◇
新潟に辿り着き、ティンクに言われた通り、ただひたすら西部を目指し、車を走らせていた。
「この道であってる?」
心配そうにアサミが呟いた。
「ああ、焼山はこっちだから……でも」
太郎は焼山の場所を知っているようだった。だが、肝心の神楽御村が解らないらしい。
延々と続く田んぼ道を走っている中に、農作業を終え、後片付けをしている老夫婦を、ようやく見付けた二人。
「あそこに人がいる」
「うん」
太郎はすぐさま車を止めた。
「アサミは待ってて」
「うん」
太郎は、車を降りると、すかさず老夫婦に近付いて行った。
「すみません、お聞きしたい事があるんですけど!」
大声で叫びながら小走りに駆け寄って行く背中を見つめるアサミは、手元の携帯のフラップを開けたり閉じたりを繰り返した。落ち着かない心が、そうさせているのだろう。
アサミの視線が、じっと太郎を見つめる。
太郎は、振りかえるお婆さんに、何度か会釈しながら、地図を広げ見せていた。
「すみません、この地図にはないんですけど、神楽御村ってどの辺りにありますかね、ご存知ですか?」
「神楽御村ぁ?」
「はい」
「アンタどこから来さった?」
「東京からです」
「あんれまぁ、遠いとこからわざわざ〜ご苦労さんやねぇ」
お婆さんは、にっこりと微笑み言いながら、後方で作業しているお爺さんに手招きをしながら「ちょっとぉ〜」と呼ぶ。その声に手を止めたお爺さんが、おぼつかない足取りで二人の方に近付く。
「何やぁ?」
手拭いを首から外し、額の汗を拭くお爺さんは、不思議そうな顔で太郎を見遣った。
「この人さぁ、神楽御村さぁ行きたいんだとぉ」
お婆さんの、萎びれた指先が太郎を指す。
「何でまたぁ。もう日が暮れるでぇ?」
「だな。それに、あそこはあんまり行かん方がええしなぁ」
老夫婦は、互いに頷き合った。しかし、太郎が納得するはずもない。
「でも、どうしても行かなきゃならないんです。お願いします」
太郎は、深く腰を折って、惜しみなく頭を下げた。それから、何度か老夫婦は、確認するように、こそこそと会話を交わした後、太郎に見向き、話し始めた。
三人は地図を指でなぞりながら、太郎は、お爺さんの言葉に何度となく頷いていた。その様子を遠目に見ていたアサミは、まだ、携帯のフラップを弄っている。
長い間話し込んでいた太郎は、ようやく、地図をたたみ始めた。老夫婦が太郎に向かって軽く手を振っている。
アサミの元へ戻ってくる太郎の表情からして、何らかの収穫はあったらしい。息咳切って車に辿り着いた太郎はすかさず運転席に乗り込んだ。
「わかったぞ! アサミ!」
そう言いざま、クラクションを鳴らすと、老夫婦に会釈をして車を走らせた。
アサミも、同じく老夫婦に向かい頭を下げる。
「たぶん、間違いないだろうって」
その言葉に、アサミは太郎を見遣った。その声が弾んでいる事に、アサミは安堵の表情を浮かべた。ここまで来て「間違い」と言われなくて済んだと思ったのだろう。
しかし、何がわかったのかは解らない。アサミは「何が?」と聞き返す。
「何がって、目的地だよ」
「だって、地図には無い名前なんだよね?」
「今はね」
「今は?」
「ああ、あのお爺さんの、曾爺さんが子供の時代に神楽御村に住んでいたらしいんだ」
「え、そうなの? だったらその村は本当にあったんだね」
「ああ、でも今はもうない。地元の人ですら知っている人は少ないらしい。俺達ラッキーだったんだよ!」
太郎は、急ぐ気持ちを表すかのように、アクセルを踏み込んだ。
「今はもうない? だったらそんな所に可奈達がいると思えない……太郎、どこに向かってるの?」
アサミの疑問に太郎は、今更何を躊躇うんだ、と言う風に短い溜め息を洩らした。呆れられている、アサミは何となくそう感じて、寂しげな表情を浮かべた。
「確かに、村は存在しないけど、誰かが、その跡地を利用しているのかも知れないじゃないか? さっきも言ったように、行って見なきゃわからないだろう? アサミは可奈ちゃんを連れ戻したいんだろう?」
アサミはそのまま、太郎の顔を見る事なく俯いた。
「うん、でも……なんか、怖いっていうか」
連れ戻したい、確かにそう思っている。しかし、友達が目の前で、しかもあんな形でいなくなったのを目の当たりにして、誰が生きているんだろう、と思い始めているのも否めない。定まりの利かない気持ちが、心の中で葛藤する。
――確かに行ってみなきゃ解んないよね。私だって真相が知りたい。でも、今まで解らなかった事がこんな簡単に分かったのが怖い。どうしてこうなったかわかんないし、でも、可奈の事、諦めることできない。
そんな気持ちを抱え、アサミは唇を噛み締めた。
太郎も本当は、わかっているはずだった。
いずみは、もう生きていないかもしれない。だから太郎は、その誰かに復讐をしに行こうとしているのかもしれないのだ。
もしかしたら、自分たちだって生きて帰れないかも知れない。
太郎はそれを、深く考えてはいなくても、きっと心のどこかで感じているのかもしれない。
神楽御村が次第に近付くに連れて、やはりアサミには恐怖が沸いてきている。その感情を、可奈を思う事と家族を守りたい一心で、掻き消すように、更に拳を硬く握り締めていた。
いろんな感情が渦巻き、不安そうな顔をしている時だ。また、温かい手が伸びてきた。
アサミの肩にそっと、優しく包みこむ。
その手は、アサミの肩をギュッと握り締めると、引き寄せた。アサミは太郎の肩にそっと頭を預ける。
太郎は片手でハンドルを握り、険しくなっていく道にアクセルを踏み続けていた。
「本当は、俺一人でも良かった」
ふいに太郎が呟いた。
「でも、俺一人じゃここまでは来られなかった。占いに行く事もそうだし、正直、怖かったのかも知れない」
「……太郎」
アサミは、運転する太郎を見遣った。その真剣な眼差しを見つめたアサミは、ぎゅっと胸のあたりをつかむ。鼓動が速くなるのが解ったからだ。
「でも本当は……アサミと離れたくなかった。一緒にいたかった。だから、勝手に連れて来た感じになったけど……」
その言葉に、アサミはふるふると首を横にふる。
「そんな事無い……私も、ついてきたかったもん」
太郎は、安心したようにふっと笑みを零した。そして、更にアサミの肩を掴む力を強めた。
「これから、何があってもアサミは俺が守ってみせる。だから、信じてほしい」
アサミは精一杯に腕を太郎の体に回して抱きしめた。太郎の鼓動を感じていた。力強い抱擁にたくましさを、アサミは太郎に感じている。
「大丈夫、必ず会えるよ、可奈。そうよ、今更、何が起きても怖くなんかない。そうだよ、太郎となら、そう信じて付いて来たの……一人じゃないもん」
アサミは、そっと太郎の胸に、顔を押し当てて呟いた。